朴念仁の戯言

弁膜症を経て

2019-01-01から1年間の記事一覧

自学

そろそろテレビを消そうかと炬燵の上のリモコンに手を伸ばし、椅子に坐り直してテレビに向けた。「ボクの自学ノート」テレビ画面に浮かび上がる文字。丁度、何かの番組が始まる時間帯だった。「自学」の文字に好奇心が湧き、リモコンを手にしたまま、また椅…

ステージ4

前回の「今この瞬間を共に生きる」と同じ紙面に、ぼうこうがんの手術から丸5年の節目を迎えたボクシング元世界ミドル級チャンピオンの記事が載っていた。人間は死ぬほどの(身体的にも精神的にも)痛い思いをして、初めてそこから本当の人生が始まるというが…

今この瞬間を共に生きる

一昨日から二日間、陋屋の庭の雪囲いに追われ、昨日の夕方にようやく終えた。後片付けをしながら夕陽が沈んだ先の山並みの稜線に目を向けると、初冬の大気は橙色から瑠璃色の濃淡へと鮮やかな変化を見せ、その先を目で追っていくと、澄み渡る瑠璃色の天空に…

見えない愛

昨年6月に東海道新幹線で乗客3人を殺傷した男(23歳)の初公判の記事が、今朝の朝刊に載っていた。男は、一昨年の12月に祖母の家を出た後、公園で野宿して過ごすうちに「社会で一人で生きていくのは難しく、刑務所に入りたい」と思うようになったという。「…

白鵬のあがき

意識して行っていようが、取組前の控えから土俵に上がっての所作が礼法のように一番整っている力士は白鵬だろう。横綱の風格が漂う。だが、勝ちに徹した取組は時に汚い。 今日、手負いの御嶽海に、よもや張り手やかち上げはないだろうと見ていたが、意に反し…

道化師

「健全そうな顔をしていても、多くの人が精神のきしみやたわみを抱えている。誰にも何らかの欠落や過剰なものがあり、どこかが狂っているというところから始めなければいけないのではないか」新刊出版に際して地元紙に掲載された作家・辺見庸氏の言葉が、昨…

苦悩の末に

私は23歳でマタギの世界に足を踏み入れたが、初めから自然や、自然との共生のことばかりを考えていたわけではない。むしろ、狩猟を楽しむ気持ちのほうが大きかった。転機となった出来事がある。30代後半ごろ、有害鳥獣の駆除で仲間と一緒に春先の山に入った…

緒方貞子さん「人間らしい心」

緒方さんとの交流のうち、強く記憶に刻まれていることがある。私がUNHCR(国連難民高等弁務官事務所)の駐日代表だった2007年、難民問題に関する緒方さんのインタビューが英字紙に掲載された。緒方さんは記事の中で、難民受け入れに消極的な日本の対応につい…

月の満ち欠け

先日、書店で久しぶりに本を購入した。2時間近く物色し、あらかた買う本を定め、あと一冊買うかどうか迷っていた。三巡目だったろうか、もう一度手に取り、出だしの文章に目を通して、「ものは試し」とそのままレジに進んだ。買うことにしたのは岩波文庫の装…

人類の覚醒

「私が伝えたいことは、私たちはあなた方を見ているということです。そもそも、すべてが間違っているのです。私はここにいるべきではありません。私は海の反対側で、学校に通っているべきなのです。あなた方は、私たち若者に希望を見いだそうと集まっていま…

無意識の呼吸

今日は予定通りに休暇が取れ、庭先の、ほったらかしにしてあるミニトマトのジャングルのような枝ぶりを眺めながら物思いに耽っていた。少し前まで頻繁に訪れ、庭内を優雅に舞っていた揚羽蝶の姿はそこにはなく、代わりに蟋蟀たちの鳴き声が深まりゆく秋の気…

想いは届いたか

一昨日、亡くなったOさんに会った。自転車を押したOさんが、突如、私の横に現れたのだ。Oさんは、私が出会った頃の、男盛りのふっくらとした顔立ちで、身体全体が発光しているような白い輝きを纏っていた。 「何か俺に言いたかったのか」Oさんはいつもの柔和…

感謝の言葉

7月22日、Oさんが亡くなった。享年72。 今朝のお悔やみの欄で知った。突然の訃報に驚き、到頭来るべきものが来たかと虚無の風が体を通り抜けた。 人生の節目節目でOさんには感謝の言葉尽きぬほどお世話になった。大学進学時、上京してのアパート探しと引っ越…

篩(ふるい)

今年3月に同級生Sが亡くなった。数年間の闘病生活。再々発の白血病だった。 今日、郵便局で同級生Aに会った。Aは配送専門でトラックの中から声を掛けてきた。「Eが死んだの知ってっか」藪から棒にAは言った。「なに!」「去年の12月だ。ネットで名前検…

母の日に なんにもしない それがうち

「母の日に なんにもしない それがうち」-。兵庫県篠山市立岡野小学校4年生の青木舞佳さん(10)の詠んだ俳句が、「第12回佛教大学小学生俳句大賞」の高学年の部で選考委員特別賞に選ばれた。応募総数2万句を超える中での受賞。「嘘はつけないし、普通に思…

今生の課題

蟲が身体に棲息するようになったのは何時頃からか。 蟲が動き始めると訳の分からない感情が湧き起こる。些細な事に不機嫌になり、沸々と怒りを覚え、口を閉ざす。そして、寄らば斬るのベールを纏う。そのベールを払い除け、他人がズカズカと入り込めば、すか…

二人の患者

また厄介な病を抱えてしまい、総合病院の消化器科に通う羽目になった。 診察予約の日、待合室に向かうと、外科室から出てきたばかりの男と移動用ベッドに横たわった婦人が目に入った。もう一人、看護師のような病院服を着た、ずんぐりむっくりの婦人の姿もあ…

老いの行方

「脳に問題があって、もう務めることができません」電話の相手はいつもと変わらぬ口調で淡々と話した。町内会の役員も断ったという。電話の話具合からは脳の障害は少しも感じられないのだが・・・。自宅の玄関を閉ざし、外部との接触も遮断しているとか。それほ…

アウシュビッツ到着 ①

(もしわれわれが強制収容所においてなされた豊富な自己観察や他者観察、諸経験の総体をまず整理し、大まかな分類をしようと試みるならば、われわれは収容所生活への囚人の心理的反応に三つの段階を区別することができるであろう。すなわち収容所に収容され…

「夜と霧」出版社の序

1931年の日本の満州侵略に始まる現代史の潮流を省みるとき、人間であることを恥じずにはおれないような二つの出来事の印象が強烈である。それは戦争との関連において起った事件ではあるが、戦争そのものにおいてではなく、むしろ国家の内政と国民性とにより…

ひとりで死んでも「幸せな人」だった

私は一度だけしんちゃんに会ったことがあります。祖母を亡くした葬儀の時です。私が満4歳を目前にしていた時ですが、わりとよくその時の情景を覚えています。当時、私と両親は大阪に住んでいました。祖母は祖父、長女、次女とともに4人で富山県に住んでいて…

不運続きだった「本の虫」

しんちゃんは山本信昌(のぶまさ)という名前でした。信昌の信の文字から家族は「しんちゃん」と呼んでいました。母は男二人女三人の五人きょうだいの下から二番目。しんちゃんは末っ子です。私が大学生だった頃しんちゃんは52歳で亡くなっています。 第二次…

無駄な時間なし

前日、めったにひかない風邪で学校を休んだ。何かを予感していたのかと、今何となく思う。 あの日が家族や友人、大切な人と穏やかな日常を過ごせる最後の日になった人たちがいる。問い掛けたところで、返事は永遠に返ってこない。 どこにいるのかいまだに不…

悲しみ癒えることなく

「あのときの息子の体の冷たさ、それが原点です」全国自死遺族連絡会の代表理事田中幸子(70)の長男健一は2005年11月、34歳の若さで自らの命を絶った。当時、宮城県警塩釜署の交通係長。 連絡を受けて仙台市の自宅から署の官舎に駆けつけ「体に触ると氷より…

6歳の誕生日に

昨日、職場で新たな上司と世間話をしているうちに今日が6歳の誕生日であることに気が付いた。その日の命かと、不安と覚悟の日々から解放された今日(こんにち)の安心感が、この大事な日を忘却の彼方へ追いやろうとしているのか。この日を何の感慨もなく迎え…

象徴のうた 平成という時代 ㊽

今ひとたび立ちあがりゆく村よ 失(う)せたるものの面影の上(へ)に 平成24(2012)年 皇后 宮城県南三陸町から仙台へのご訪問の翌週、両陛下は、平成23年(2011)年5月6日に岩手県釜石市を、11日には福島市と相馬市などを見舞われた。毎週休みなく続けら…

愚かな宇宙探査

「世界初、地下岩石採取へ」 3月31日、新聞の見出しも大きく、宇宙航空研究開発機構(JAXA)が探査機はやぶさ2を使い、〔小惑星りゅうぐう〕に爆薬を打ち込むとか。クレーターの形成過程の調査と、地下岩石を採取して太陽系誕生の痕跡を探るためらしい。月の…

新元号公表の日に

お前は、虚飾の装いで己を誤魔化し、他人の目を気にするケツ穴すぼまった男お前は、職場への不平不満を時折まくし立て、苛立ちを募らせる負け犬間抜けな薄ら笑いを止めろ お前は、自己本位の価値観を棚に上げ、他人を下位に評価する偽善者お前は、他人の粗(…

大石順教尼を偲びて ー人間、このかけたるものー㉒

「それで先生は、いつも明るく生きてゆけるのですか」「私のいう″心の生き方″というのは、手のない人は、み仏の手をいただき、眼のない人は心の眼を開かなければならないのだよ。そして足の不自由な人は感謝の心でしっかりと大地を踏まなくてはならないのだ…

大石順教尼を偲びて ー人間、このかけたるものー㉑

「先生、お背中流しましょうか」「ありがとう、お願いしますよ」緑蔭に包まれた仏光院の昏(く)れは早い。 「おや、垣根に、夕顔の花が……」浴場の片隅に置かれたタライ湯の中で、順教尼は足の不自由な塾生を相手に、夏の夕暮れの風情(ふぜい)を楽しんでい…