朴念仁の戯言

弁膜症を経て

市井の人 6/6

想像を絶する人を許す“心

 人が人を裁くことは難しいという。まして人を許す、ということはなおさら…。こと、法廷に裁きを持ち込むような事柄では、どんな角度からも、許されないことだってあるものだ。

 私がまだ祖母に添い寝されていたころ、白髪の物腰の穏やか老女が、わが家に泊まった。びっしり、鶏卵の入った背かごを担い、年に何回か訪れては泊まることが繰り返された。夜、私は添い寝の祖母にそっと聞いた。「あの人、だ~れ?」

祖母も小声で答えた。「私の本当のおっかさんが、病気で寝ているとき、おとうのそばにいた人だよ。子どもらがだれも構わんのでな、卵を売り歩いているんだが、それが売れんでな・・・」。つまり、祖母の母の敵を演じた女性だった。祖母は売れ残った鶏卵をひそかに買ってやっていたのだ。

祖母の表情には、彼女の老後を哀れみながらも、心の片隅に許されぬ魂を抱いていることを私は感じ取っていた。祖母はきっと、その何かコチンとした塊と思いやりとを、自分の心の中で闘わせていたと思う。この祖母は多くの孫たちに、惜しみない愛をささげられて幸せだった。

長じたのちの私にも、生きる神仏とも思える存在だった。もし、継母を憎しみ続けたとて、祖母の心に何が残っただろうか。

人を許す、ということは、想像を絶する自分自身の心の闘いである。成長した心である。もしも私だったら、とっても、あの崇高なまでの心境には到達し得まい。

※福島市 丹野清子さん39歳 会社員(新聞掲載年月日は不明)

市井の人 5/6

一人だけの正月 親の愛情知った 小包に涙あふれる

 ことしは、生まれて初めて、たった一人のお正月を過ごしました。生まれ育った親元(福島県)を離れ、寮生活2カ月余、こちらのホテルの部屋係で働いています。

 初の土地で初の仕事。人間関係の難しさに泣き、福島が恋しくて泣きました。けれど、どんなにつらくても、泣きながらに帰郷することは、私には許されないことです。

 私は自殺未遂、婚約破棄、多額の借金返済と、親不孝ばかりして古里を去った身ですから。新しい自分に生まれ変わるため、自分の意志で故郷を離れました。自分が納得できるまで頑張るしかありません。

 この二カ月、私は自分を抑えることの大切さを身をもって知りました。今まではわがままの言い放題で、自分勝手に生きてきた私。短い期間にしては大きな収穫です。一番心にしみたのは親のありがたさ。人間の心はもろい。損得や見返りを求めて動く。信頼が裏切られることも・・・。その中で、損得も見返りもない真実の愛。それは肉親の愛情でした。

 家から郵便小包が送られてきて開くと、私の大好きな納豆、コーヒー、リンゴなど母の心尽くしの品がごっそり。父から「母ちゃんに内緒で」のメモと、小さく折りたたんだ千円札が一枚。私は熱い涙が込み上げ、どうしようもありませんでした。こんな親不孝娘を見捨てず、愛情をそそいで下さる両親のまごころ。それが今も少しも変わらないことを知った感激…。何よりも励まされました。こんど福島を訪れるときは、孝行娘になって帰ります。どうかお許し下さい。そっちはさぞ寒いことでしょう。父ちゃん、母ちゃん、体に気をつけて、待ってて下さい。

※神奈川県 T子25歳 ホテル従業員(新聞掲載年月日は不明)

市井の人 4/6

アルコール依存症 こわさを訴えたい

私はアルコール依存症で会津高田病院に入院の身。

妻との間に小中学校の3人の子がいる。

3年前、椎間板ヘルニアで入院。

退院したころから調子が狂ってしまった。

生活保護を受けて生活、そのコンプレックスをはね返そうと酒に救いを求めた。

生活保護下の身を顧みず、大威張りで飲酒、友だちとけんかをし、家族を苦しめた。

今思えば虚勢か。

そんな生活が続いた。

この間、十二指腸潰瘍や壊疽にかかった。

もう心身ともボロボロ。

ついにアルコール依存症になった。

一カ月からの入院、今が一番つらいとき。

何とか立ち直りたい。

家族、友人に迷惑をかけた過去は取り戻せない。

それが悲しい。

妻が内職をしてくれている。

だが月収は2万弱。

私は膵臓、肝臓もやられて、あと二カ月は入院生活をしなければ、という。

悪かったのは自分、と反省している。

一日0.54㍑(三合)飲む人はちょうし一本に減らし、三日間に一度は“休肝日”を設けよう。

それができないなら、断酒したほうがよいと思う。

アルコール依存症の怖さを知ってほしい。

これは私の悲痛な叫びである。

※高田町(現・会津美里町) 匿名希望37歳(新聞掲載年月日は不明)

市井の人 3/6

父の病気助けがんばり抜く

高校生活3年間を無事終えようとしていた私。

大学目指して、希望に胸を膨らませていた。

突然、本当に突然、目の前が真っ暗になるような悲運が訪れようとは・・・。

あんなに元気で働いていた父が、会社からしょんぼり帰って病院へ。

家族をどん底に突き落とす診断がくだった。

父の身の無事を願い、わが家の行く末を思うと涙がぼろぼろ流れる。

ふだん物静かな母が、私を励ましてくれるのが、かえってキュッと私の胸を締めつける。

姉が私たち母子3人で力を合わせて頑張らんと父さん元気にならんぞ、と力強く言う。

でも、私の心は千々に乱れる。

どうしようもない。

神さま助けて・・・!とベッドに泣き伏す。

自分の頭で、いろいろ考えてみるが、私はまだ、あまりにも無力過ぎる。

姉は今春、大学卒業と同時に、自分の希望をあきらめて家に戻ることになった。

医学、科学が進んでも、どうしようもない病気もあるのだ。

お父さん頑張り抜いて!

私も頑張るから。

※いわき市 匿名希望18歳(新聞掲載年月日は不明)

市井の人 2/6

タイトル「灯」より

同級会出席の帰り、福島駅で上り新幹線に乗った。

お正月を古里で過ごされた人たちのUターンラッシュ。

駅員さんに押し込んで頂いて、やっと乗れた。

ドアが閉まる時、ホームで見送りの小さな男の子と女の子(兄妹か)が、大声で泣き出した。

一瞬、驚いた。

車内で父親らしい人が手を振る。

列車が動き出す。

ホームのはずれにきた時、この男性はドアのガラスに顔を押しつけて、肩を震わせた。

泣いておられるのだ。

きっと単身赴任で、あすの仕事始めに任地に戻るのだろう。

近くのビジネスマンらしい人たちも、一斉に鼻をすすった。

皆、同じ心境なのだろう。

私は乗り換えで郡山駅で降りた。

通路にハンカチを顔に当てがったまま、立ち尽くしていたあの父親の姿が忘れられない。

世の単身赴任のお父さん方、どうか身体に気をつけて、家族のために頑張ってね。

※会津若松市 長谷川恵美子さん 主婦(新聞掲載年月日は不明)

市井の人 1/6

先日、母の薬管理に使うノートを探していたら、何か書いていたものを剝ぎ取ったばかりのノートが数冊出てきた。

内1冊をパラパラ捲ると、最初の1、2頁に黄ばんだ新聞記事らしきものが貼り付けられてあった。

いつのものか分からないが、自分が貼り付けたことに違いない。

その当時、否、今も読み返すと骨身に沁みた。

当時の心境を吐露した6人の文章に。

軽い障害があり、焦ります

私はちょっと見た感じは、分からない軽い程度の障害を足に持つ女の子です。

就職は難しいでしょうか。

障害者を、会社は採用しないのでしょうか。

今、私はアルバイトをしたい、と思っていますが、足のことが恥ずかしくて踏み切れません。

将来、就職しようと思いますが「今からこんなことでは」と焦っています。

ご意見をお聞かせ下さい。

お願いします。

※会津若松市 K・Kさん(新聞掲載年月日は不明)

キジバトの巣立ち

雪が融けきらず、冬の寒さが残る如月の某日、玄関先の、柘植の木の根元に何かの気配を感じた。

そこには黒猫が蹲っていた。

黒猫は、黄色味かかった眼を私に投げつけ、ジッと動かずにいた。

その瞬間、もしや、との想いが身体を駆け巡った。

木の根元に点々と広がる鮮やかな朱色を目にした時、その想いは確信となった。

罵声だったか、思わず発した声で黒猫を追い払った。

黒猫が逃げ去った跡には、首をだらりと弛緩させ、意志の通わない眼を見張らいて横たわるキジバトの姿があった。

2022年2月24日、ウクライナ侵攻数日前の出来事だった。

あの黒猫の黄色味かかった眼が、冷徹無比のプーチンのそれに重なった。

 

あれから4年、柘植の木から一間ほど離れた名の分からぬ樹木にキジバトがまた営巣し、雛が一羽孵った。

ウクライナ侵攻の終結が未だ見い出せない中、去年9月16日にはイスラエルのガザ侵攻が始まり、今年1月3日には米軍がベネズエラを電撃攻撃し、マドゥロ大統領を拘束した。

翌月の28日には米国とイスラエルがイランを先制攻撃し、最高指導者ハメネイを殺害した。

イランはその報復としてホルムズ海峡を封鎖し、世界各国の石油タンカーは通航できずに停泊を余儀なくされ、原油をエネルギーの供給源とする世界経済は、今、混迷を極めている。

 

毎日、雛の様子を窺うが、ここ最近、親鳥の姿が見えない。

外敵の野良猫やカラスの目から逃れ、無事巣立つことが出来るか。

 

13歳の誕生日を迎えた今日、世界情勢が落ち着きを取り戻し、人類に意識の変容が生まれるよう、オリーブの枝を咥えたハトの再来を心から願う。