朴念仁の戯言

弁膜症を経て

自学

そろそろテレビを消そうかと炬燵の上のリモコンに手を伸ばし、椅子に坐り直してテレビに向けた。
「ボクの自学ノート」
テレビ画面に浮かび上がる文字。
丁度、何かの番組が始まる時間帯だった。
「自学」の文字に好奇心が湧き、リモコンを手にしたまま、また椅子に坐り直して画面に見入った。

番組の主人公は梅田 明日佳君(現在17歳)。
彼は小学校時代に出された自由課題の、自らテーマを見つけ学ぶ「自学」に小3から中3までの7年間取り組んだ。
小学校までは自学の成果を評価してくれる教諭がいたが、中学生になると自学の課題はなくなり、環境は一変した。
生来、運動が苦手だった彼は、同級生たちの輪の中に溶け込むことができず、孤立しがちだった。そんなこともあってか、大半の生徒は部活動に励んでいたが、彼はどの部にも入らず、授業が終わると自宅に直行し、一人自学に励んでいた。
中学生になっても自学を続けて来られたのは、小3の時、地元時計店の社長と出会って自学ノートを通して新たな交流が始まったことが大きく影響しているようだ。
その後も彼独特の押しの強さで地元資料館の職員や様々な分野で活躍する人たちにも自学ノートを読んでもらえるようになり、自学ノートは彼らと会える「切符」、未知の扉を開ける「鍵」となった。

だが、母親としては、同い年の子とあまりに違う我が子の姿がとても心配だったようだ。
「コミュニケーション能力もないでしょ。積極的でもないでしょ。それがないと社会でやっていけないよっていう話も学校であったときはちょっとショックでしたけど…」と言って涙ぐむ。
でも、こう話す。
「自分の子どもではあるけど、『明日佳をこういう風に育てよう』とか、そういう考えはおこがましいと思っています。やっぱり、一人の人間ですから。人格があって、いろいろ自分で考えているので。道筋はつけてやっても結局、歩いていくのは自分なんですよ。あの子、「自学」で何を得たんでしょうね。小学生の時は「先生との対話」でしょ? 中学生になってからはいろんな人に会うための「切符」。だけど、やっぱり一番は「自分との対話」かな、と思います。自分がその時、考えていることをちゃんと言葉にする作業をずっと頑張って続けてきた。不器用な明日佳が、ここまで時間をかけてやってきた」

明日佳君の一日は、朝、新聞を読むことから始まる。
30分かけて新聞を読み、その中で特に注目した記事を切り取り、ファイルに保存しておくことが彼の日課だ。
(以下、明日佳君)
「自学ノートに書くのは、自分のための感想ではなく“他の人に読んでもらうための感想”なので、丁寧に書くようにしています。『どうやったら伝わるだろう?』とか、『どうしたら見やすいか?』をいつも考えています。誰が読んでも面白いものじゃないといけないので。言葉も練りに練った方がちゃんと相手に伝わる。推敲しないといいものはできない。ボクはそう思います」

「なかなか分かってもらえないけれど、『自分はこういうことを考えているんだ』というのを伝えたかったから、自学ノートを作りました。ボクがどういう人物であるかを知ってもらいたかった。もう、ありったけの時間を使うほど『ボクは自学ノートが好きなんだ』ということを知ってもらいたかったんです。思春期に熱中していたものはこれだから、『ボクにとっての青春はこれだな』と思います」

「(自学ノートは)切っても切り離せない存在です。ボクの中では、必要不可欠なものになっています。自分が今、どんなことを思っているか。以前、どんなことを考えていたか。それを見直すことができる。自分の考えをまとめるものであり、自分の心の支えでもあると思っています」

人の10倍もかかって書き上げる自学ノート。
ITがもてはやされる現代に背を向けるように、それを意に介すことなく自分の意志を貫く彼の姿勢、考え方に大いに励まされた。
私が下手なブログを続けているのも明日佳君の考えに近い。

童心そのままの、澄んだ目をした明日佳君の未来に幸多からんことを。

※引用先:NHKスペシャル