朴念仁の戯言

弁膜症を経て

道化師

「健全そうな顔をしていても、多くの人が精神のきしみやたわみを抱えている。誰にも何らかの欠落や過剰なものがあり、どこかが狂っているというところから始めなければいけないのではないか」
新刊出版に際して地元紙に掲載された作家・辺見庸氏の言葉が、昨今の幼児的で感情的で衝動的で一方的な殺人事件と、俺もお前も誰も彼も、そして、ある映画と符合した。

電車かバスの窓ガラスから街を眺める男。
男を包む灰色の、愁いを帯びた佇まい。
このほんの一場面で男の不遇な人生が直に伝わってきて、テレビで予告編を観ただけに過ぎない映画に惹き込まれてしまった。
米国漫画の、原作にない実写版だった。
この映画の封切りに合わせて、先月、BSで3週連続で前作が放送された。
第2作目では公開前に28歳で急死したヒース・レジャーが圧倒的な存在感を示した。
本作はこれを凌駕するか。

滑稽な服装や化粧で人を楽しませる芸人を道化師と呼ぶが、誰も彼もの心の内に巣食う狂気の道化師は「ジョーカー」と呼ばれるのだろう。
ホアキン・フェニックス演じる本作を観たいと思うが、映画館に行くほどの気はさらさらない。
数年後のテレビ放送を待つとしよう。
それまで新聞に載る「ジョーカー」たちの本質と、私の「ジョーカー」との異質、いや同質性をも観取して待つことにしたい。