朴念仁の戯言

弁膜症を経て

2018-01-01から1年間の記事一覧

大きく開いた目

独りで逝った人 診察室に、死んだ獣のような臭いが漂っていた。診療ベッドにうずくまって背中を丸めていた女性が振り返った。「飯田さんですね。担当の泰川と言います」彼女は脂気のない黒髪の中からギラギラした大きな目をのぞかせて、真っ直ぐに俺を見た。…

重症患者と取り残されて

諦めていい命? 1989年、東京女子医科大に新設された救命救急センターは戦場のような忙しさだった。大学を出た俺は、研修医として最初の4カ月をここで過ごした。患者は途切れなく運ばれてきた。2、3日眠れずに連続勤務することが多く、休日はなかった。先輩…

先祖の思い 魂宿る

小正月、雪で白一色だった奥会津に一気に彩りが加わる。団子さし、もぐら除けや長虫除け、賽(さい)の神、早乙女踊り、初田植、成木責(なりきぜめ)…奥会津には小正月の行事が多い。その一つに「道具の歳取り」がある。仕事や日常で使っている道具を祀り、…

世界に種をまき続け

1890年7月27日午後、ゴッホは野外制作に出かけた麦畑の近くで、胸を拳銃で撃ち自殺を図った。医師ガシェからてんかんが「不治の病」と告げられ、このままではいずれ絵が描けなくなると悲観した画家の、覚悟の上の行為だった。弾は急所を外れ、彼は出血する胸…

「英知と無知」感じる

池内 了(いけうち さとる)著 科学は、どこまで進化しているか 宇宙に終わりはあるのか。地球以外の星に生命は存在するか。地震や火山爆発の予知は可能か。原発の危険性の本質とは。人類が滅ぶとしたら、何が原因か…。天文学者で宇宙物理学者の池内了(1944…

言葉は私たちのもの

大野 晋(おおの すすむ)著 日本語の年輪 「言霊」という言葉がある。言葉に宿る不思議な力のことだ。私たちの祖先は言葉に敏感で、恐れ、大切にしてきた。結婚式では「別れる」「切れる」といった「忌(い)み言葉」をさけ、受験生には「落ちる」「すべる…

命の発言権

子どもたちの夏休みも終わりですね。お母さん方の暑くて忙しかった日々も、ほんの少しホッとできるのではないでしょうか。8月になると例年メディアはこぞって「戦争」をテーマにした、いろいろな話題を様々な角度による切り口で取り上げます。「戦争」はまる…

霊になった上皇を慰める

西行 平安時代末期の1156年、元天皇の崇徳(すとく)上皇と弟の後白河天皇による争いから、天皇を支える摂政、関白を出していた公家の藤原氏、武家の源氏と平氏がそれぞれ分裂して内乱の「保元(ほうげん)の乱」が起きました。呆気なく敗れた崇徳は今の香川…

絶望 極寒のシベリア 

おい、おかしいぞ。俺たちは、だまされたのか-。太平洋戦争が終わり、二カ月が過ぎた昭和20年10月。朝鮮でソ連軍の捕虜となった久保田親閲(しんえつ)さん(86)=田村市大越町=ら帰還兵を乗せた船は朝鮮・興南の港から一路、日本を目指していた。ところ…

頑固な決意

電車のシートに掛けて、辺りを見回すと、なんと多くの人が携帯電話やスマホの画面をじっと見ていることでしょう。先日は私の隣に掛けていた4人家族全員がスマホを操作し、それぞれの目の前に表れるものに没頭していました。30代後半のパパとママ、そして子ど…

業と信念の作家人生

車谷長吉氏が突然亡くなったと聞き、驚いた。食べ物を喉に詰まらせた窒息死だというから、突発的な事故だったのだろうか。あの強烈な文章がもう読めないのかと思うと、今後の日本文学がひどく退屈に感じられる。こんな作家はもう二度と現れないだろう。大家…

兵隊は消耗品だった

1938年と43年の二回召集され、中国やビルマ(現ミャンマー)などに従軍した。私は一兵卒だったが、弟の収吾は士官学校を出た少尉で、同じ歩兵第128連隊に所属してビルマにいた時に亡くなった。軍隊は「兵隊は使えるだけ使え」という主義で、ほんまの消耗品だ…

苦しみ背負う人 忘れないで

汚染された魚介類で神経障害を発症した水俣病患者を描いた「苦海浄土(くがいじょうど)」で知られる作家石牟礼道子(いしむれ・みちこ)さん(88)=熊本市=が、共同通信のインタビューに応じた。水俣病は5月1日で公式確認から59年。被害の全容はつかめな…

特高からひどい暴行

伊藤博文が殺された1909年、三重・伊勢の漁村に生まれ、13歳で大阪の商店へ奉公に出た。クリスチャンの店主夫婦が教会に連れて行ってくれ、夜学にも通わしてもらって。トルストイなんかの本にも接することができて、普通の小僧さんよりはいくらか変わっとっ…

餓死の島 生き延びる

その先どうなるか分からなかったけれど、うれしくて涙が出た。駆遂艦(くちくかん)で南太平洋のガダルカナル島を撤退したのは1943年2月7日の深夜。勇ましく、「隣の島までやっつけてやれ」と上陸した私たち一木支隊は、飢餓と感染症で骨と皮だけの姿に変わ…

音楽支えに生き抜く

性同一性障害 「音楽なんて非国民と言われた時代でした」戦後、国内外のオーケストラで活躍した元神戸女学院大教授の八代みゆき(89)。戦時は東京音楽学校(現東京芸大)の学生だった。幼いころから心と体の性が一致しない違和感を抱き、11年前に性別適合手…

偏見は司法の場にも

隔離政策「何の作り話ばしよっとか(しているんだ)!」国立ハンセン病療養所「菊池恵楓園」(熊本県郷合志市)の集会場から洩れてくる大声に、そばを通り掛かった入所者の男性が気付いた。1951年10月から始まった殺人未遂事件の「特別法廷」初公判。白い幕…

「物」になって生きる

軍隊の不条理 訓練という名の虐待山口県萩。日本海に面した人口約5万人の市は、吉田松陰、高杉晋作ら、明治維新の原動力となった志士を多く輩出したことで知られる。今年のNHK大河ドラマ「花燃ゆ」をきっかけに観光客誘致を図る同市には松下村塾など歴史的遺…

「更生の道」共に歩む

元受刑者出所して4日目、カプセルホテルで目覚めた。10年間の刑務所作業で得た報奨金約25万円の半分が消えていた。上京の新幹線代、悪化した腰痛の治療費、宿泊費、食費…。このままでは、また悪いことをしてしまう。公衆電話を探し、暗記していた電話番号に…

世界は植物で創造

世の中の中心は人間であると、人は時折思い違いをする。だが、言うまでもなく、今の世は植物が中心となって創造してきたものだ。全ての生き物は、そのおかげで生きていられる。植物は無機物や光から有機物を作ることができ、その産物は多くの生物を養ってい…

葉で考え 根で記憶

私たち人間は動物、動く物である。動かなくなると心身ともに弱り、健全に生きられない。対して植物は植える物。鉢植えをあちこちに移動したりすると、すぐに調子を崩すが、しっかり植えると健康に生きる。人間は頭で考え、記憶する。だが、頭だけだと考えや…

「家庭」は家と庭

以前、私は都立高校で家庭科の講師をしていたことがある。今の子どもは内(家)にこもりがちで、外の環境、すなわち自然や生き物に肌身で触れる機会が少な過ぎる。学校の家庭科でも裁縫や料理など内でやることばかりが授業になっている。なぜ家庭なのに庭に…

「初恋の少女」誕生の地

川端康成の手紙 会津若松 93年前のきょう、1921(大正10)年10月8日。当時22歳の東京帝大生だったノーベル賞作家川端康成は、岐阜市の長良川河畔にある旅館で、15歳の少女に結婚を申し込んだ。この少女が、川端の初恋の人といわれる、会津若松市生まれの伊藤…

僧侶、新たな姿を求めて

福祉と仏教「寝ている間に仏さんに迎えに来てもらう。それで、あんたにおまいりしてもえたら、ええな」90歳を超えた女性の言葉に、真宗大谷派僧侶の三浦紀夫(49)は大きくうなずいた。「うれしいな。わが人生に悔いなしや」年齢を感じさせない張りのある声…

三度入院の師僧 眠るような最期

私の師僧は21年前に満99歳で死去した。弟子入りした時が師僧86歳、それまで一度も医者にかかったことがないのに私は三度病院に運んだことがある。 最初は脳の4分の3が真っ白だと言われたので脳出血か。入院して一週間後、退院するまで医者はCTを撮ったのみ。…

夢実現の時にすべてを失った現実

夢中で子育てし、ホッとした時には孫守が始まった。多忙のとき、二人で旅行するのが何よりの楽しみだった。やっと暇を見て国内旅行し、外国に行くのが夢だった。妻が63歳の12月末、この年から年賀状を印刷した。妻には友人に近況を知らせたらと数枚の賀状を…

憲法9条 空洞化の危機

解説集団的自衛権行使を可能とする憲法解釈変更が閣議決定され、戦後維持してきた抑圧的な防衛政策の転換が決まった。与党協議は多くの論点を詰め切れないまま決着し、拙速の印象は免れない。国民理解は置き去りにされ、憲法9条の理念は空洞化の危機にさらさ…

父の罪、許されない

オウム・松本死刑囚の四女 「生まれた自分が憎い」オウム真理教の松本智津夫死刑囚(59)=教祖名麻原彰晃=の四女(25)が14日までに共同通信の取材に応じ、「父は許されない罪を犯した。被害者の方々に償いきれるものではなく、死刑の執行を望んでいる」と…

つながり

「愛は溢れゆく」と言われています。 一人の長距離トラックの運転手が、自分の体験を投書していました。 「その日、自分は夜っぴて運転し続けて、あと少しで目的地に到着するはずでした。朝の7時頃だったでしょうか、目の前を一人の小学生が、黄色い旗を手に…

見直される俳句の力

震災詠と戦争詠 究極の詩型の強み ー沈黙の量ー2月24日、東京のホテルで開かれた読売文学賞贈呈式。詩人の高橋睦郎さんが選考委員代表として壇上に立った。「3.11という深刻な事態に対し、散文も詩も短歌もしゃべりすぎ。俳句だけがその詩型の宿命上、含み込…