朴念仁の戯言

弁膜症を経て

夢実現の時にすべてを失った現実

夢中で子育てし、ホッとした時には孫守が始まった。
多忙のとき、二人で旅行するのが何よりの楽しみだった。
やっと暇を見て国内旅行し、外国に行くのが夢だった。
妻が63歳の12月末、この年から年賀状を印刷した。
妻には友人に近況を知らせたらと数枚の賀状を渡し、書き終わったのを見て愕然とした。

暮れも迫っていたので早く年が明けてほしいと眠れない日々が続いた。
これからが私たちの夢実現なのに、すべてを失った現実だった。
仕事始めの日、妻を連れて病院に行こうとした。
妻は「何で私が病院に行くの」と不機嫌だったが、何とか説得した。

心療内科を受診させ、先生の診断は予想通りアルツハイマー病だった。
自宅で介護したが10カ月で精神病院に入院した。
入院三日目から私のことを忘れ、独り言を言いながら徘徊が始まった。
急激な変化で為すすべもなかった。

その後施設にお願いした。
面会に行くたびに妻に「何も悪いことしないのにな」と何度も訳なく恨んだ。
私の感謝の思いも通じないまま、妻は71歳で他界した。

福島市の本多信治さん76歳(平成26年7月3日地元紙掲載)