朴念仁の戯言

弁膜症を経て

日大アメフト問題

加害選手の記者会見でその会見ぶりが称賛されているが、私はそうは思わない。

物事の分別付かぬ小学生でもあるまいし、ある程度の社会見識とそれなりのスポーツ歴のある大学生が、監督、コーチに追い込まれたから危険行為に及んだとの言い分は、責任逃れ、責任転嫁の自己弁護であり、被害者に謝罪しながらも自己の正当性を強く主張しているように思える。

無防備状態の選手に軽トラックでもぶつかるようなタックルを背後から仕掛けたらどうなるか、脊髄や頸椎損傷による半身不随、あるいは一生寝たきりの植物人間、ひどくすれば死に至る。

大学生ともあろう大人が、危険行為に及ぶ前にどうして相手を自分に置き換えて考えることができなかったのか。

監督、コーチの無謀な指示に対し、どうして退部覚悟で異を唱えることができなかったのか。

スポーツマンシップを捨ててまでアメフトをやり続けることに何ら疑問を持たなかったのか。

私からすれば、加害選手は元監督、元コーチと同罪である。

 

 

平常心

「シスターの心にも波風が立つ日がおありですか。いつも笑顔ですけれども」

大学生の一人の質問に私は答えました。

「ありますよ。他人の言葉や態度に傷ついたり、難しい問題にぶつかって悩んだりする時に、平常心を失うことがあります。ただ、自分の動揺で、他人の生活まで暗くしてはいけないと、自分に言い聞かせ、心の内部で処理する努力をしているだけなのですよ」

私は、母から受けた教育をありがたいと思っています。小さなことでクヨクヨしていた私に、母は申しました。

「人間の大きさは、その人の心を乱す事がらの大きさなのだよ」

この言葉が、折あるごとによみがえり、私に事がらの大きさを考え、つまらないことに自分の時間とエネルギーを費やしてはもったいないと思う習慣をつけてくれました。平常心に立ち戻ることを可能にする一つの秘訣です。

母は結婚のため、愛知県の小さな町から東京へ出て来ての生活の中で、父の地位にふさわしい教養を身につけるまでには、辛いことも多かったようです。その母が、自分の経験から子どもたちに伝えた言葉には説得力がありました。

「人は皆、自分が一番かわいいのだから、甘えてはいけない」

期待しすぎるから、期待はずれの時に腹が立ち、平常心を失うのです。
期待してはいけないというのではありません。ただ、自分も他人も、弱い人間であることを心に留めて、「許す心」を忘れないでいるようにという戒めでした。

醒めた目で問題の大きさを見極め、温かい心で人間の弱さを包むこと。このような「目と心」のバランスが、平常心に立ち返り、それを保ちながら生きる私の毎日を、助けてくれています。

※シスター渡辺和子さん(平成26年10月27日心のともしび「心の糧」より)

 

人間の愚かさ

連日、世間を騒がせる事件が絶えない。
一見して他人事のように思いがちだが、誰も彼もがいついかなる時に被害者、加害者になるか知れたものではない。
「何を戯けたことを。誰が加害者になるものか」
大方の人間は、言下にそう否定するだろう。
そして、内に棲むヒトラー、悪魔、鬼畜、ケダモノの存在に気付かず、生を終えることだろう。
幸いである。
その時代に、その境遇にあったことを喜ぶがいい。

人間の底なしの愚さは、歴史が、戦争が、紛れもなく証明している。
肉親を(社会に)殺され、誰一人として理解者がなく、誰からも必要とされず相手にされず、数々の裏切りに遭い、借金を背負い、世間の信用を失い、病に苦しみ、食べるものに事欠き、将来に不安を抱え、自己の狭い了見が生みだした奈落の底で自暴自棄に陥った時、いかにそこから脱け出し、心安らかな自己に成り代わることができるか。

胸の内に湧き起る様々な欲望を過ぎたるものとして、いかに抑制、放擲させることができるか。

愚かさの自覚。
この意識が罪に歯止めをかけ、人生の問いへの答えとなり、生涯の財産となり、魂の進化ともなろう。

夜叉

平清盛によって鬼界島(きかいがしま)に流された平康頼が赦されて後、撰集した仏教説話集『宝物集』の、邪淫を戒めた一段に、男子修行者の立場から女人を評して、

「外面似菩薩(げめんはぼさつににて)内面如夜叉(ないめんはやしゃのごとし)これは涅槃経の文なり」とある。

男の臆病と不遜が読めるが、現代から見れば、心の変容によって同じものがまったく異なる姿に見えることを表現した文言、とも解けよう。

本来夜叉は、仏法を守護する天龍八部衆(てんりゅうはちぶしゅう)の第三に数えられ、毘沙門天の眷属(けんぞく)とされる。一方、『大吉義神呪経(だいきつぎじんじゅきょう)』には精気を奪い、人の肉血を食とする獰悪(どうあく)の鬼類、と説かれる。

しかしながら平安期以来、巷間に伝わった夜叉は「人の肉血を食とする」という後者が主であった。

とりわけて近代、世間にその名を膾炙(かいしゃ)せしめたのは尾崎紅葉畢生の名作『金色夜叉』であろう。

金色夜叉』は鴨沢家の一人娘宮が、富貴に心傾け、婚約していた間貫一を捨てて資産家富山唯継に嫁いでしまう。「この恨の為に貫一は生きながら悪魔となって」、非情な高利貸となる、という物語である。

特に広く知られているのは、前篇の第八章、熱海の海岸における貫一お宮の別れの場面であろう。

紅葉は「愛と黄金との争いを具象的に」表現せんとしたものである、と述べている。そのわかりやすさと名文とが相俟(あいま)って早くから評判となり、徳富蘆花の『不如帰(ほととぎす)』と共に、覗機関(のぞきからくり)の好材となった。また、昭和二十年代・三十年代の運動会には、仮装行列がつきものであったが、その中に必ずと言ってよい程「貫一お宮」があった。

黄金に心奪われし者は夜叉なり、と紅葉が喝破した如く、夜叉は人の姿である。奪われてはならぬものに心奪われた者が夜叉ならば、現代の我々もまた、その大小を問わず、内心に夜叉を養うものに違いない。

我は夜叉を養う者、という事実だけは、忘れずにいたいものである。

※大谷大教授の沙加戸弘さん(平成23年6月文藝春秋掲載)

 

 

母の日に思う

いつ頃からあるのか知らないが、社会への免疫力少ない小学生時分、母の日・父の日の訪れは私に嫌悪感を抱かせた。

クラスの連中の視線を好奇の矢のように感じ、みじめに、哀しみに沈んだ。

片親、もしくは両親のいない子どもたちの気持ちを汲み取らず、しかも赤・白のカーネーションで区別され、それが日陰者としての差別を意味することも考え及ばなかった学校、社会。

幼い頃の体験から、教師(大人)はいざとなれば裏表の顔を使い分けると早くから察知していた私は、大人を、社会をまるごと信じていなかった。

母の日。
今日、当時の私と同じ想いを抱いて過ごしている子どもたちはいないだろうか。
社会の波に抗える強固な芯棒と強い免疫力を早く身につけて、まやかしの世を嗤い、まやかしの大人を見抜き、自分を見捨てない愛ある人になってほしい。

日本古来の、八百万の神々への信仰心を想い起こし、我が親に限らず、周囲の人々にも一人ひとりが日々折々に思いやり、日々折々に感謝し、日々折々に感謝の気持ちを行動に表し、そして謙虚に森羅万象に向き合うことができれば、心豊かな成熟した社会に生まれ変わることだろう。

 

ネギと人間

韓国の民話にネギと人間にまつわるものがある。人間がネギを食べなかった頃の話。

どうかした拍子に人間が牛に見えてしまう時がある。すると人々は牛だと思って人間を殺して食べてしまう。ある時、ある男が自分の兄弟を牛と見違え、早速殺して食べてしまった後、それが兄弟であったことに気づく。あさましい自分と嘆かわしい世間から逃れようと、男は放浪の旅に出るが、どこに行っても人間どうしが食べあっている。

人間どうしが食べあわない国を探しているうちに、男はすっかり年とってしまったが、ようやく牛は牛、人間は人間ときちんと見分けがつき、人々が仲良く暮らしている国にたどり着く。

「この国ではどうして牛は牛、人間は人間という見分けができるのですか」

「私たちも人間が牛に見えて食べあっていた頃もあったが、ネギを食べてから見分けがつくようになったのです」

男はすぐさま自分の国に帰り、ネギを植えるが、ネギが育つ前に牛に間違えられて殺されてしまう。しかしその後、ネギを食べるようになった人間は、もう人を牛に見違えなかったという『ネギを植えた人』の話である。

ネギを食べる私たちはもはや人間を牛に見間違うことはないが、エリート校出身、高級官僚、名門の出などの要素に目がくらんで、人間を人間と見なしていないのではないかと思うことがある。

現代のネギはなんだろう?

※鄭早苗(ちょんちょみょ)さん (大谷大HP「今という時間」より)

 

一致を願う

柴生田稔(しぼうたみのる)という近代歌人の詠んだ歌です。

今日しみじみ語りて妻と一致する

夫婦はついに他人ということ

時間をかけて、しみじみ妻と語り合った結果、一致に到達した。その結論は、夫と妻は夫婦であるが、お互いに〝他人〟であることを忘れてはいけないということだった、というのです。

私は今、数人のシスター達と修道院で共同生活を送っています。同じ修道会に属し、修道院も同じなら、その何人かとは職場も同じです。だから一致していないといけないのですが、私は、お互いはやはり〝他人〟なのだという意識を忘れてはいけない、と思っています。

主義主張の違いから来る国と国との争い、同じ国の中での民族間の争いは、世界平和という言葉をよそに、ひっきりなしに地球上で起きています。宗教間の争いも、利益がからむ争いも絶え間ありません。

「夫婦はついに他人ということ」という認識、それは、「わかりっこないよ」という捨て鉢な思いではなく、人間一人ひとりは、別人格であり、互いに理解し尽くすことは不可能だという淋しさを伴ったものであり、そこから生まれる優しさと、許しを求めているのではないでしょうか。

一致を願うという言葉はきれいです。しかし言葉だけに終わっては、いけないのではないでしょうか。一致するためには、譲り合いも必要なら、主張する勇気、相手を理解しようという寛容さも必要です。

私たちは今日、自分の生活の中で、この「一致」を実現するために努力しているかが、一人ひとりに問われているのではないでしょうか。

※シスター渡辺和子さん(心のともしび 平成26年10月10日心の糧より)

 

目指すべきもの

以前アメリカに住んでいたある日本人から次のような話を聞いたことがある。在米中、彼女の子供はアメリカの小学校に通っていたが、いつも、その子は活発で指導力のある良い子だとほめられていた。しかし、その子が通っていた日本語学校では逆に、常に落ち着きのない問題児と評されていた。

この話を聞いて、改めて日米の教育観の違いを考えさせられた。先生を重視する儒教の伝統を引き継ぐ日本では、概して教師の教えることを黙って受け入れる子供が良い生徒と考えられる。逆に個人主義のアメリカでは、生徒一人ひとりが自らの課題を発見し、それを解いていくプロセスを大切にする。そのためアメリカでの授業の多くはディスカッション形式で進められ、学生は積極的に意見を述べることが求められる。活発に自分の考えを主張できる子供が高く評価される理由はここにある。

日本の学生は、与えられた問題は容易に解けるが、その問題自体について批判的に考えることは苦手であるとよく聞く。それは個人の創造性や判断力の育成を軽んじた受験中心教育の産物であることは、明らかである。そのため若者の多くは、社会の問題について、主体的に考え、責任を持って行動できる者が少ないように思える。真の自己を発見する教育の欠如が、現代日本社会の最大の弱点なのではなかろうか。

※ロバート F.ローズさん(大谷大HP「今という時間」より)