朴念仁の戯言

弁膜症を経て

見えない力

「これで終わったな」
14日目の鶴竜戦で力なく土俵を割った姿にそう思った。
大方の国民もそう思っただろう。
稀勢の里の優勝は消えたと。
13日目の日馬富士戦で手痛い一敗を喫した上に致命的な怪我を被(こうむ)った。
痛みでその場を動くこともできずに顔を顰(しか)める稀勢の里の表情からは休場の文字が浮かんだ。
そうして迎えた鶴竜戦。
怪我の影響が疑いようもない負け方だった。
千秋楽は星の差一つでトップに立つ照ノ富士
本割で勝ち、さらに優勝決定戦で勝たないと稀勢の里に優勝の目はない。
絶望的だった。
どうあがいても無理だと思った。
同じ立場だったら弱気に、自分の負ける無様な姿を思い浮かべていたに違いない。
この怪我なら負けても仕方がないと。
ところが稀勢の里は違った。
最後の最後まで諦めなかった。
それが如実に表れていた対照ノ富士戦だった。
本割では立ち合いを躱しての突き落とし、優勝決定戦では押し込まれながらも小手投げ、いずれも土俵際まで粘り、見事に優勝を勝ち取った。
その瞬間、私の体の深部に力が漲(みなぎ)った。
稀勢の里の最後まで諦めない気持ちがテレビ画面から放射されたのだ。
優勝が難しくとも応援し続ける国民の想いが稀勢の里の背中を押したのだろう。
稀勢の里が優勝インタビューで話した「何か見えない力を感じた15日間」とはこのことだと信じて疑わない。
「相撲人生の15年間が凝縮された特別な15日間」
この春場所は正にそうだったのだろう。
待望の日本人横綱
この漢(おとこ)の力士としての行く末に期待したい。