朴念仁の戯言

弁膜症を経て

地方独特の山の料理が好き

◆山の食卓

地方の里山を歩くと、私を知っている登山者から「こんな低い山も歩くんですね」と言われることが多いが、私の好きな道は、何といっても山の中の自然道なのだ。そして、その地方独特の山ならではの料理がたまらなく好きだ。

友人に誘われて会津駒ヶ岳に登った時、友人は「今夜は会津色たっぷりの料理だからね」と笑った。出て来た料理は、まずはニシンの山椒漬け。海がない会津地方独特の魚料理だ。棒タラの煮付けもそうだ。朱塗りのお椀に出されたのが、こづゆ。さらに「いご草」という海藻をふやかして、練って固めた「いごねり」という料理。どれも友人の母の手料理で実においしい。感激の一日となった。

里芋が取れる10月になると、沼尻温泉の私のロッジには、大勢の友人が集まる。芋煮会だ。

大鍋二つをかまどに乗せ、季節の野菜を大ぶりに切って入れる。友人特製のみそが味を引き締める。男たちが、イカのわた漬けの網焼きに奮闘するそばで「三春のあぶらげも焼けたよー」と声が掛かる。採れ立てのキノコを大根おろしにまぶして食べる。「来年もやろうね」と言っても、食べるのに夢中な連中からは返事がないのだ。

山都町はそばが有名だ。東北の名山「飯豊山」の登山口もある。山頂でのイベントに参加した時、山小屋で食べたそばは実にうまかった。会津若松市のそば屋の主人が、わざわざ道具を担いで登って来て打ったそばだというのだから、うまいはずだ。雄大な自然の中で、一流の職人が打ったそばを食べる。なんとぜいたくなことだろう。

私が山に登る時に必ずといっていいほど持っていく物がある。「チソみそ」と「干し柿」だ。

チソみそは、大葉と唐辛子をサラダ油でいため、かつお節を入れる。みそ、みりん、酒を入れて、硬めにいためれば終わり。キュウリ、ニンジンなどに付けて食べると食が進むこと間違いなし。ヒマラヤで食欲がなくなった仲間にも好評だった。

干し柿は、季節になると100個以上注文して冷凍保存する。山に行く前に取り出し、焼酎をかけてタッパに入れておくと悪くならない。山はのどが渇くので、行動食として山の仲間たちから喜ばれている。

この三月まで、東京農大教授を務めた小泉武夫さんは、田村高校の後輩だ。発酵学者の第一人者で、その著書は実に面白い。その小泉さんが「外国で水や食べ物に当たった時は、薬を飲むより、納豆を食べた方がいい」と断言する。納豆菌は、実に素晴らしい整腸剤になるというのだ。小泉さんは海外に行く時、必ず持参しているという。それを聞いて私も、海外に行く時は納豆を持参するようになった。

ノルウェーの最高峰ガルホピッケンの頂上で、白いご飯に納豆をかけて食べた。すると、外国人の登山者が興味深そうにこちらを眺めている。食べる時、納豆の糸を切るために口元で箸を動かす仕種が不思議らしい。ある外国人から「それは武士道か?」と尋ねられた時には、びっくりした。日本の発酵食について英語で説明したのだが、理解してもらえたかは微妙である。

※登山家、田部井淳子さん(平成21年5月27日地元紙掲載)