朴念仁の戯言

弁膜症を経て

恩寵

今日の未明、鮮明に、思いもしない夢を見た。

 

懐かしい感じのする友人らしき人に連れられ、旅館のような一室に招き入れられた。

そこは一般的な畳敷きの、少し広めの部屋。

部屋には4、5歳ぐらいの男の子がいた。

男の子は私と目が合うと、直ぐ様、私の元に駆け寄り、「道で拾ったの」と小さな掌を突き出した。

掌には100円銀貨と5円銅貨が1枚ずつ。

「もらっていい?」

「だめだよ。ちゃんと交番に届けないと」

友人らしき人は笑みを浮かべるだけで、私と男の子の成り行きを見守っているようだった。

「届けた分だけ後でちゃんと(違う形で)返ってくるから」

この言葉に込めた「良心に基づいた行為は報われる」という意味を男の子が感じ取ってくれたかどうかは分からない。

男の子は、そんな私の言葉に何の反応も示さず、次へと行動を移した。

硬貨を差し出した同じ掌をくるっと返し、手の甲を上にすると掌に何かがくっ付いていた。

くっ付いていたのは、太さが違う青色の二重線に縁どられた、透明な包装紙にくるまれた白いラムネ菓子だった。

粒々のラムネ5個ぐらいが円筒形となって捩じった包装紙にくるまれていた。

ラムネ菓子が落ちないことを自慢気に手品を見せたかったようだ。

包装紙には両面テープらしきものがこびりつき、子供騙しの単純な手品だったが、2枚の硬貨はいつの間にか消えていた。

幼子の無邪気な姿に心が和んだ。

その瞬間、心の中で何かが弾け、私は畳に突っ伏して、だらしなく咽び泣いた。

分かったのだ。

男の子との出会いの意味が。

 

夢から覚めると、右眼から一滴、そして左眼からも一滴、顳顬を濡らした。

それは哀しみではなく、むしろ雨上がりの青空にかかる虹のような爽快感をもたらし、自然に口を衝いて出たのは、見えぬ何かに向けた感謝の言葉であった。