朴念仁の戯言

弁膜症を経て

The Wheel of Life 4

第3章 瀕死の天使

金魚鉢にはもうひとつベッドがあった。そこにはわたしより2歳年長の少女が横たわっていた。いかにもひ弱な感じで肌が青ざめ、透きとおっているようにみえた。翼のない天使、磁器でできた小さな天使を思わせた。その子を見舞う人はいなかった。

その子はいつもうつらうつらしていて、声をだすことはなかった。それでも、わたしたちはとても仲がよく、打ちとけあっていた。いつまでも、たがいの目をじっとみつめあいながらすごした。それが私たちの会話だった。ふたりはひとことも発することなく、深く、意味ある会話を交わしつづけた。それは単純な想念のやりとりだった。幼い目をみひらき、思いを相手に送るだけで伝わった。あぁ、話すことはたくさんあった。

ある日、わたしの症状が急に好転する直前のことだった。うとうと夢を見ていたわたしが目ざめると、その子がじっとこちらをみていた。待っていたのだ。ふたりはそれから、すばらしく感動的で重要な会話を交わした。小さな磁器の友だちは「こんや、出発するわ」といった。わたしは急に心配になった。「だいじょうぶよ」その子がいった。「天使たちが待っていてくれるから」

その日の夜、友だちはいつもより落ち着きがなかった。わたしが注意を惹こうとしても、その子の視線はわたしを通過し、わたしの背後をみつめていた。「あなたはしっかりしなきゃだめよ」その子はいった。「あなたは治るわ。退院してみんなといっしょになれるからね」とてもうれしかった。だが、急に不安になった。「あなたはどうなの」そうたずねた。

その子は、パパもママも「あちらがわ」にいるといい、心配はいらないと念を押した。ふたりはほほえみを交わして、またまどろみのなかにもどっていった。新しくできた友だちが出発しようとしている旅に怖さは感じなかった。友だちも恐れていなかった。夜になると太陽が沈んで月と交代するように、それはごく自然なことのように思われた。

翌朝、友だちのベッドが空になっていた。医師もナースもその子の出発のことはなにもいわなかったが、わたしはこころのなかでほほえんでいた。その子が出発まえにたいせつな秘密を打ちあけてくれたことを知っていたからだ。医師やナースが知らないことをわたしは知っていた。孤独のうちに死んだと考えられていたが、じつはちがう世界の人たちに付き添われていた小さな友だちのことを、わたしはけっして忘れなかった。その子がもっといい世界に移っていったことを、わたしは知っていたのだ。