朴念仁の戯言

弁膜症を経て

血の出るような思い ⑤

私は体をかたくして、丁寧に校長先生に頭を下げました。

「私(わて)、今この土地の寄席に出ています両腕のない芸人でおますが、カナリアに字を書くことを教えてもらいました。先生、どうぞ私に字を教えておくれやす、筆は口に慣れましたが、字を知りまへんので」
と、始めからカナリアを見て口で字を習いかけたことを、くわしく申しました。

校長先生はわかってくだすったようで、先生のお顔にはやわらかな感激の色が流れていましたが、
「よくわかりました。しかしあなたのその体で、この学校に入学させてあげることはできません。いや、この学校でなくとも、日本中どこの学校でもむずかしいここと思います」

「先生、私のような肩輪者は、入学を許してもらえないのですか」

「今のところ文部省ではどうすることもできないようです。不具者は家族の者の責任として、保護をすることとなっています。不具者もそれを受けるに決して恥ずかしくないのです」

「先生、お言葉を返して失礼ですが、不具者は、家族に養ってもらっていることが幸せなのでしょうか。肉体的に恵まれている人は、どんなお仕事でも、いかなる生活でもできますし、幸福な月日もありますが、不具者は何で生きるのでしょう。不具者だから学んで、世の中に何かを残さねばならないと思います。私ばかりでなく、多くの不具者は、家族の厄介者として一生を暗い気持ちで終わらなければならないのでしょうか。不具者こそ、学んで一人立ちできるように、学問が必要ですし、普通人以上の教養を高めねばならぬと思います。先生、どうぞ私を学ばせてくださいませ。私、どんな努力でも惜しみません」
と校長先生に申しました。私の一言一言を頷いて静かに聞いておられました先生の、おやさしいその眼は、ますます私の心の底に、深く食い入りました。

「先生、私のこの無理なお願いは私一人のためでなく、不具者の多くが苦しんでいる願いではないでしょうか。不具者は肉体的な悩みから精神的の悶えに、二重の不具者となってしまいます。学問をして勉強すれば教養も高まり、自然と救われることと思われます。先生、どうぞお力になって、不具の子供たちにも入学を許してやってくださいませ」

私は血の出るような思いでこう申しました。先生はしばらくお考えになっておられましたが、
「では、こうしましょう。3年の男の先生にやさしい方がありますから、その先生に後でよく話をして、あなたのおられる処まで教えに行ってもらいましょう。それならばよろしいでしょう」
といってくださいました。

先生のこのお言葉は、どんなにか私を感激させてくだすったか知れません。あまりの嬉しさに止めどもなく涙が出まして、しばらく返事ができませず、ただ頭を下げるばかりでありました。
先生もお眼鏡をはずして、ハンカチで眼がしらをぬぐっておられました。
先生に幾度も幾度もお礼をのべ、突然伺ったことの失礼を詫びながら校門を出ました。


口に筆取りて書けよと教えたる
鳥こそわれの師にてありけれ

※仏光院の大石順教さん(「無手の法悦」(春秋社)より)