朴念仁の戯言

弁膜症を経て

愛にあふれた家庭が大事

仏教の教えに「薫習(くんじゅう)」という言葉があるそうです。お香を焚(た)く部屋にいると、その薫(かお)りがいつの間にか衣服に染みつくように、優れた人のそばにいるだけで、知らず知らずのうちに感化され、教えが入って身につくというのです。
これを道元は「霧の中を行けば、覚えざるに衣(ころも)湿(しめ)る。良き人に近づけば、良き人となるなり」と、解かり易い喩えで訓(おし)えてくれています。「覚えざるに」とは「気づかないうちに」という意味で、山登りをしている時、深い霧の中を歩いていると、いつの間にか衣服がしっとりと濡れていた経験は、どなたもお持ちのことでしょう。
最近は「感化」という言葉をあまり耳にしなくなりましたが、この「感化」とか「無意識の教育」とでもいうべき「薫習」の重要性を、私ども大人は、もっと強く自覚する必要があるように思います。子ども達がお香のように芳(かぐわ)しい好い人気(じんき)の中で過ごせるようにしてやることは、たいへん大事なことです。
これは、子どもの友人関係についても同じことが言えるでしょう。子どもの好ましい成長にとって、友人関係が与える影響は、測り知れないほど大きいものがあることを忘れるべきではありません。ですから、論語でも「益友」と「損友」という言葉で、益友を持つことの重要性を説いていますし、幕末の賢人、橋本佐内も「友を択ぶ」ことの大切さを自らに戒めているのです。
得てして、好からぬ人が多く集まるところでは、互いの悪気が伝播して、それが全体の気となって、思いもかけない愚かな行動を惹き起こすことがよくあるものです。実際、そのような場所に出入りしているうちに、淫靡(いんび)な頽廃(たいはい)的気分を誘発されて悪の道に入り、生活を崩していった子どもを何人見てきたことでしょう。残念ながら、善気の伝播力よりも、悪気の伝播力のほうがはるかに強いようです。
「乳児は肌を離さずに 幼児は手を離さずに 少年は目を離さずに 青年は心を離さずに」が、子育ての鉄則と言われます。わが子の友人関係についても、どうか目と心を離さないでやっていただきたいのです。そして何よりも、温かい人気のあふれる家庭にしていただきたいのです。生活を崩していった子ども達に共通するのは、目と心が離れた親の無関心と、家庭の中の冷たい人気といっても過言ではありません。八木重吉の詩に「まことに 愛あふれた家は のきばから火をふいているようだ」とありますが、子ども達は、本能的に愛にあふれた家庭を欲しているのですから…。

※土屋秀宇さん(平成23年1月25日地元紙掲載)