朴念仁の戯言

弁膜症を経て

生の無常を描く

インド・ムンバイを舞台に、貧困の中で運命に翻弄される路上の子どもたちを追い続けたノンフィクション作家石井光太さんの新作「レンタルチャイルド」(新潮社)。スラムの奥深くへ踏み込んだ取材の先にあったのは、「立ち尽くすしかない」現実だったという。
あわれみを誘うため、マフィアによってどこからか拉致され、物乞いの女性に貸し出される赤子。マフィアに手足を切断されたり、目をつぶされたりすることで多くの喜捨を集め、その稼ぎを搾取される子どもたち―。
だが、その悪夢のような現実は本作のスタート地点でしかない。成長した子どもたちはその後、街で暴行や強奪などを繰り返す側に回るのだ。
「まるで木の葉がクルクルと舞うように被害者にも加害者にもなってしまう。そんな人間の生の無常を描きたかった」
2002年から08年にかけ、三度ムンバイを訪れ、取材した。地をはうような日々は「被害者が被害者でしかない(机上の)知識を、すべて壊していった」という。
暴力と搾取の連鎖の中で、子どもたちが「路上の悪魔」へと変わっていく姿。その一方で、仲間に利用されながらも「独りぼっちよりずっといい」とつぶやく瀕死の浮浪少年。その少年を「必要としてくれるから」と必死に看病する少女売春婦…。
取材を続ける中で、対象に迫れば迫るほど遠ざかるような「永遠としか言えない距離」を感じた。「立ち尽くすしかない瞬間って、対象があまりにもでかいんです。人間はそれだけ不思議で、どこかで他の人間をのみ込んでしまうもの」
本作のほか「物乞う仏陀」「神の棄てた裸体」など貧困や性をテーマにしたルポルタージュが多いのは、そこに「人間の最も根源的な影の部分が見えるから」。現在は、日本のエイズウイルス感染者の性生活などを取材中だ。
※ノンフィクション作家・石井光太さん(平成22年7月某日地元紙掲載)