朴念仁の戯言

弁膜症を経て

世界の先住民族の叡智を見習う③

次には、スカンディナビア半島北部の北極圏に広がるラップランドに住むサーミ族ですが、祖先は1万年くらい前に南からトナカイを追って来たといわれております。彼らは、トナカイの移動と共に一緒に遊牧していましたが、現在では定住し、遊牧している人々はいなくなりました。現在のサーミ族は、餌探しはトナカイに任せ、広い範囲を自由に動き回らせます。そして、7月頃になると、新たに生まれたトナカイの子どもが誰の所有であるかを識別し、目印をつけるという仕事をします。生まれて半年ぐらいのトナカイは、母親と一緒に行動しますので、母親の耳に入れたはさみの切り込みの形を見て、誰の所有かが判断されます。そして、子どもの耳にも母親と同じ形の切り込みを入れます。現在はヘリコプターやオートバイを使っていますが、以前はスキーを履き、テントを張りながら、1、2週間かけて何千頭もの耳切りをやっていたそうです。ラップランドはロシア、フィンランドスウェーデンノルウェーの4ヶ国にまたがっています。かつては国境が無かったわけですから、トナカイも、それを追って行く人間も自由に移動していました。現在でも、ロシア以外の北欧3国は、トナカイも人もパスポートなしで自由に移動することができます。このように、国境を越えて生物が移動する圏域を優先するという考え方を生命圏域といいますが、環境問題が重要視されている現在こそ重要だと思います。社会ができた過程を考えれば、自然条件が第一で、同じような気象条件とか、同じ水系を共有しているとか、土地の性質が似ている、同じような植物や動物が棲息している、文化が共通している等により世界はまとまっていたはずです。しかし、現実は人間の都合による制度が世界を構成しています。世界で生命圏域が制度の基本になっているところは殆どありませんが、サーミの人々の生活は、トナカイが食べる餌があるところを生命圏域とした生活が実践されている数少ない実例です。

東京大学名誉教授 月尾 嘉男さん ※神道時事問題研究より引用)平成21年3月1日発行