朴念仁の戯言

弁膜症を経て

少年時代の思いが原点

自由な発想と色使い、思わずクスッと笑ってしまう物語が魅力の絵本作家・五味太郎さん。なりたかったわけではない70歳を過ぎ、「気がついたら絵本しかやってないな」と顧みる。この「自分に合う表現の仕方」に出会ってから40年を超えた。

最近、作家としての歩みをまとめた「五味太郎絵本図録」(青幻舎)を刊行した。何刷出版したか、改めて数えてみたら約400冊も。海外では約30カ国で計約100作品が出ていた。自らの足跡をたどり直したばかりだ。

1968年に東京・桑沢デザイン研究所を卒業。広告や工業デザインを手掛けたが、企業間のビジネスの要素が強い仕事は、自分の「質」と違うと感じた。73年、出版社に持ち込んだ絵本「みち」でデビューした時「自分の質に合った形が世の中にあった」と思えた。

五味さんにとって、例えば「とある街角に立つ男」と言葉で説明するのはどうもためらいがある。でも絵では、そんな男を雰囲気も含めさっと描ける。その上、絵本は「たたずまい」がいい。何より絵の具や筆に囲まれての作業が好きだ。自分にしっくりと合ったから「結果として続いている」。つまり、天職だ。

時々、奇妙な記号のようなものが並ぶ謎の手紙が届く。
「この間、5歳くらいの男の子の手紙をよく見たら『ぼく、でしりしたいです』って書いてあった。どうやら弟子入りのことらしい」

極めて個人的な感覚を描いた本なのに、読者が面白がったり、伸び伸びしたりする。
「絵本って雰囲気が伝わるんだろうね」
それが作家には妙味でもある。

愉快な手紙の合間に、深刻そうなメッセージも届く。
ある女子学生からは「毎日、皆と同じ黒い服を着て就職活動をするのは変だ、と思う私はおかしいでしょうか」とあった。
「いや、おかしくない」と五味さん。
「生きていたら、違和感って必ずある。皆、我慢したり気付かないふりをしたりしているのかな」

小学校の時、〝問題行動〟を起こして三者面談の憂き目に遭った五味さんを、両親は否定せずに認めてくれたという。
「自分の違和感は異常だと思ってしまうと、世界から拒絶された気がする。おれは割と早くに、異常ではないと確信できたんだけど」
それが、型にはまらない表現の原点になったのかもしれない。

少年時代、ふと考えた。
「おれはおれでしかない。切なさもあるけれど、それ以外に頼るべきものはない」
すべては個性を持った個人に始まるから。
71歳の今も、そう思っている。

※絵本作家の五味太郎さん(平成29年1月9日地元紙掲載「老境佳境」より)