朴念仁の戯言

弁膜症を経て

葉で考え 根で記憶

私たち人間は動物、動く物である。動かなくなると心身ともに弱り、健全に生きられない。対して植物は植える物。鉢植えをあちこちに移動したりすると、すぐに調子を崩すが、しっかり植えると健康に生きる。
人間は頭で考え、記憶する。だが、頭だけだと考えや記憶は薄っぺらで偏ったものになりがちだ。
私たちは少し前まで、体の至る所を使って物事を考え、記憶していた。明治の初め、たき火にヒントを得て、蚕の病気を防ぐ飼育法「いぶし飼い」を開発した群馬県の養蚕指導者、永井紺周郎は、それを人々に伝える際、適温を言い表すのに「一肌脱いで暑くもなく寒くもなく」と言った。「腕に覚えがある」との表現があるように、体で覚えたことは確かと考えられていた。
植物に脳はない。しかし、葉は日の長さや温度差を敏感にキャッチして花芽ホルモンを生成したり、休眠に備えたりする。根は自分の置かれた環境を記憶する。小さな鉢に植物を植えると、すぐに根がぐるぐると鉢の大きさに沿って回る。植え替えるとき、その根鉢をほぐさないままだと、いつまでも同じことを繰り返す。そのさまは、恨みを忘れない強い記憶を意味する「根に持つ」という表現をほうふつとさせる。植物は、体全体を使って考えながら生きている。

ガーデンデザイナーの神田隆さん(平成26年10月16日地元紙掲載「自然と暮らしと庭づくり」より)