朴念仁の戯言

弁膜症を経て

「家庭」は家と庭

以前、私は都立高校で家庭科の講師をしていたことがある。今の子どもは内(家)にこもりがちで、外の環境、すなわち自然や生き物に肌身で触れる機会が少な過ぎる。学校の家庭科でも裁縫や料理など内でやることばかりが授業になっている。なぜ家庭なのに庭に学ぶこと、外なるものに触れることがないのか―。そう言ったのがきっかけで、庭造りを教える羽目になった。
授業では植物の分類や土のことを教え、校庭に出て植栽手順や剪定方法も手ほどきした。もし庭を造る機会が訪れたら、その場の自然環境と背景にある暮らしや家との関係はとても大事なので、気に掛けてみるよう何度も言い聞かせた。
家と庭は本来一つのものであることも説いた。家は「うち」とも言う。「うち」は自分自身や自分の内部、自分に属する所を意味し、暮らしぶりからその人自身が見て取れる。対して庭は、現代では大抵、外にある。「うち」には家だけがある暮らしが普通となってしまったと。
40~50年前まで、家の内部には土間があり、そこを庭と呼んだり、縁側という家と庭をつなぐ接点、まさしく縁があったりした。現在は家だけで精いっぱいなのか、庭と呼べるものがない家をよく見掛ける。「家庭」崩壊が始まっている。

 ※ガーデンデザイナーの神田隆さん(平成26年10月9日地元紙掲載「自然と暮らしと庭づくり」より)