朴念仁の戯言

弁膜症を経て

アフリカの経験を小説に

47歳、無職。全財産は9万5千円。第117回文学界新人賞を受賞し、「拾っていただいて本当に感謝しています」と述べた前田隆壱さんの声には、実感がこもっていた。賞金は50万円。「全部つぎ込んで、次の作品を書きたい」と、作家の道を歩みだした。

兵庫県姫路市の高校を卒業後、会社員に。大学卒の同僚に対して強烈な学歴コンプレックスを抱きながらも「蹴散らしてやる」と仕事に燃えた。だが取引先で、後に上司となる社長に出会い「もともと頭の良い人にはかなわない」と落ち込む。「では自分に何ができるのか」。35歳の頃、道を求めてアフリカに旅立つ。

受賞作「アフリカ鯰(なまず)」には、1年半にわたった現地滞在の経験を反映させた。淡水湖があるアフリカ東部の町で、「私」が親友「岡」と全財産を失う物語。選考委員の角田光代さんは「現代版『オン・ザ・ロード』のように読んだ」と評した。

「アフリカに行くと、お金がなくても人々がニコニコしている。生活というのはなんとかなるものだと思った」。帰国するが、会社に勤める気持ちは完全に消えていた。

東京・池袋の図書館で日がな一日世界文学全集を眺めていた40歳の時、小説家になることを思い立つ。生活の糧を得る目的で始めたが、書くことで自分の内面を見つめることができた。「45歳までに新人賞を取る」と決め、賞への応募を繰り返す。1年前、便利屋や弁当店などの仕事をすべて辞め、執筆に専念した。

自称「ひどい男」。これまでの経験を基にした次回作の構想を聞いていた「文学界」の田中光子編集長が、宙をにらんで「とんでもない男だなあ」と嘆息したという。

※平成25年11月28日地元紙掲載