朴念仁の戯言

弁膜症を経て

子どもに手本を

文房具類を万引きして捕まった子どもに、父親が言ったそうです。
「お前は馬鹿だなあ。このぐらいのものなら、いくらでもパパが会社から持って帰ったのに」

子どもは、親や教師の言う通りにはなりませんが、親や教師のする通りになります。ですから、子どもには、周囲に良い手本がなければならないのです。「なってほしい子どもの姿」を、親も教師も、自ら示す努力をしなければならないということでしょう。

私の母は、高等小学校しか出ていない人でした。父と結婚後、田舎から都会へ出てきて、父の昇進とともに、妻としてのふさわしい教養を、苦労して身につけたのだと思います。

その母が、「あなたたちも努力しなさい」と言った時、自ら手本となっていた母の姿に、私たち子どもも返す言葉がなく、ただ従っていたのでした。

母はよく諺(ことわざ)を使って、物ごとの〝あるべきよう〟を教えてくれました。その一つに、「なる堪忍は誰もする。ならぬ堪忍、するが堪忍」というのがありました。

母は、本当に我慢強い人でした。私などにはわからない苦労を、黙って耐えていたのでしょう。誰にでもできる我慢は、我慢のうちに入らない。ふつうなら到底できない我慢、忍耐、許しができて、はじめて「堪忍」の名に値するのだという教えでした。

この教えは、私の80年の生涯を何度も支えてくれました。ある時、会議の席上で、きわめて不当な個人攻撃を受けたことがありました。会議終了後、何人かが「シスター、よく笑顔で我慢しましたね」と言ってくれたのですが、母のおかげです。私は亡き母に、「良い手本をありがとうございました」と、心の中で呟いていました。

※シスター渡辺和子さん(心のともしび 平成26年7月25日心の糧より)