朴念仁の戯言

弁膜症を経て

粗衣粗食の日本人 支える

◆梅干しは万能薬

「白地に赤く 日の丸染めて」とくれば「ああ うつくしい 日本の旗は」と続くのが唱歌「日の丸の旗」だが、私はどうしても「ああ おいしいな 日本の弁当は」と歌いたくなってしまう。

街で日の丸を目にすると、私は反射的に四角い弁当箱に詰めた飯の真ん中に、梅干し一個の日の丸を思い出してしまうのだ。

私のような戦中派の人間にとって、梅干しは郷愁を誘うありがたい食べ物だ。戦中戦後の苦難の時代、日の丸弁当を食べて苦難と欠乏に耐え忍んできた日本人の姿を思うと、この赤い小さな玉こそ、粗衣粗食の日本人を支えた太陽のように輝く食べ物と言っていいだろう。

日本人と梅干しは、切っても切れない関係にある。風を引いたときには、漬け込んだシソの葉とともに湯に溶いて飲み、食あたりには下痢止めとして飲んだ。疲労回復や夏バテにも効果があり、こめかみに梅薬を張り付けて、頭痛の特効薬にした。

弁当やおにぎりの中に梅干しを入れたのは、防腐の働きを持っていることを経験的に知っていたからだ。本当に昔の人の知恵はすごいと思う。納豆もそうだが、日本人にとって、梅干しは万能薬的な存在だったのだ。

私は、昔の梅干しだったら、一個でご飯二杯は食べられた。昔の梅干しは、天日に干してから塩漬けにし、真夏の太陽に再びさらして、太陽の香りを一杯に浴びせた日向香(ひなたか)梅を、シソとともに漬け直していたのだ。だから、本物の梅干しには、本当に太陽のにおいがあった。

今は、自分の家で梅干しを作る人はほとんどいなくなった。時代の流れと言ってしまえばそれまでだが、その代わり、市販の梅干しは値段が随分と高くなってしまった。そのくせ、丁寧に作られた梅干しは少なく、全部とは言わないが、多くは手抜きをした梅干しになってしまった。

何より寂しいのは、梅干しを食べる子供たちが少なくなってしまったことだ。大人でも、会食などの際に出された弁当に梅干しが入っていると、つまみ出してしまう人もいる。

梅干しの成分は、現代医学によっても、疲労回復、整腸、食欲増進、殺菌などの効果があることは分かっている。さらに、種子に含まれる薬効成分は、解熱、利尿、発汗、解毒、精神安定などに効果があるとされている。

今から半世紀ほど前、梅干しが飢えに苦しんでいた日本人を救ったことを決して忘れてはならない。飽食の時代だからこそ、梅干しの伝承は、私たちの責務ではないかと思う。

そこでだが、よく〇〇の日というのを聞くが、年に一度、梅干しの日をつくってみたらどうか。みんなで梅干しを食べて、日本に生まれたことや、この国をつくってきた人たちに感謝するというのはどうだろう。

祝日にしろとまでは言わないが、むしろ平日の方が、学校給食に使えていいのかもしれない。子どもたちに、日本を支えてきた梅干しの力と、日本の素晴らしさを知ってもらうのだ。

※食文化論者・文筆家の小泉武夫さん(平成21年6月30地元朝刊掲載)