朴念仁の戯言

弁膜症を経て

世界の先住民族の叡智を見習う④

最後に、アメリカインディアンですが、150以上の部族があるといわれており、彼らにも他の先住民族同様、土地を所有するという概念がありません。アメリカ西海岸に住んでいたある部族が、移住してきた人々に土地を譲るように言われたとき、酋長は全く理解できず、「自分の所有でないものを、どうして譲ることができるのか。この湧き出ている水も、我々が吸っている空気も自分のものではない。それを何故他の人に渡すことができるのか」と言ったということが、ゴア元副大統領の本に紹介されています。また、ナヴァホ族は、土地は祖先から受け継ぎ、手を加えず、そのまま子孫に伝える義務があると考えています。彼らの土地は、水が極端に少なく痩せているので、トウモロコシも土地が枯れないように、ばらばらに植えています。灌漑をし肥料を撒けば問題は解決しますが、土地を変えてしまうことになるので、一切受け入れません。河があるならば、ダムでも造って水を引けばいいと考えがちですが、先祖伝来の土地をそのまま子孫に伝えるということを守り、土地の改造などをしません。撮影に行ったとき、祈祷師が雨乞いをするというので、その様子を取材しました。普通雨乞いといえば、雨の降らない土地に雨を降らせるために祈りますが、車に乗って100㌔㍍も離れた場所に行ってみると、そこは水がある場所です。水のあるところで雨乞いをしても番組にならないと言って、番組のディレクターは怒ってしまいましたが、話を聞けば、彼らは「ここにある水を、神の力で自分たちの生活する先祖伝来の土地に、何とか降らせてほしい」と祈るということです。雨乞いにも、土地を変えないという基本的な考え方があるわけです。西洋では進歩史観という哲学がごく普通に信じられています。これは、社会は時間とともに良い方向に向かい、必ず発展していくという概念です。資源とエネルギーを大量に使えば豊かになるのか、それとも、時間とともに悪くなっていくのかを証明する事例が、アメリカインディアンのイロコイ族の人々の生活の中にあります。かつて、オンタリオ湖の周りに住む5つの部族は戦争ばかりしていましたが、千年程前、一人の若者が現れ、部族間の平和を説き、松の木の下に武器を全部埋めさせたという伝説があります。それ以来、平和な暮らしが続いているそうです。そこは「イロコイ連邦」といわれ、アメリカの中にある独立国です。1766年、5つの部族の代表と、13州で誕生したばかりのアメリカ合衆国を率いるジョージ・ワシントンとの間で、お互いに独立国として主権を認め合うという条約を結びました。その時に、合衆国側はイロコイ族の人々から、民主主義をはじめとする多くの社会制度を学びました。アメリカの国壐(こくじ)には鷲の右足に13枚の葉がついたオリーブの枝、左足に13本の矢が描かれていますが、これはイロコイ族が使っていたマークとほぼ同じものです。1988年、アメリカ議会上下両院で、イロコイ族への「感謝決議」を採択し、アメリカ憲法などの制度はイロコイ族のそれを参考にしたものであるということを認めております。アメリカインディアンの生き方やその精神を現在のアメリカが受け継ぎ、国の制度を作ったということは、決して、時間とともに社会の制度は進歩するものではないということを証明していると言えます。

同じような例が日本にもあります。環境問題は江戸に習えと盛んに言われますが、例えば、一冬の暖房エネルギーは、火鉢とコタツですと現在の大体5分の1、また、殆どの人が銭湯に行っていましたから、一風呂浴びるのに必要なエネルギーは現在の15分の1、多くの人は古着を着ていましたので衣服エネルギーは1年で50分の1でした。輸送は舟でしたから、自動車のエネルギーの5分の1でものを運ぶことができました。工事は地産地消が基本で、周りの木や石だけで殆どの工事ができておりました。最近、国土交通省が同じようなことを復元しようとしていますが、数百年前を参考にしているのです。技術でさえも時間とともに進歩するかというと、必ずしもそうではないのです。特に資源やエネルギーという点では、過去のほうがすばらしい技術を持っていました。 

東京大学名誉教授 月尾 嘉男さん ※神道時事問題研究より引用)平成21年3月1日発行