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朴念仁の戯言

弁膜症を経て

稀勢、執念の変化

検証 春場所逆転V

26日終了の大相撲春場所エディオンアリーナ大阪)で、新横綱稀勢の里の劇的な逆転優勝がファンの感動を呼んだ。13日目に左上腕部を負傷しながら強行出場し、千秋楽に本割、決定戦で奇跡の2連勝。背景などを検証した。
休場危機に陥った13日目の夜以降、東京や千葉、静岡から旧知の専門家が大阪へ駆け付けて治療を施した。前向きになり、「やると決めた以上は絶対諦めないでやると思った」と決意した。患部にテーピングをした14日目は横綱鶴竜に完敗で2敗目を喫した。
1敗で首位だった大関照ノ富士との千秋楽。15歳での初土俵から立ち合いの変化に頼ることのなかった稀勢の里が、本割で迷わず左右に動いた。変化は褒められるものではないが、勝利への執念がにじみ出た。二日ぶりに行ったこの日の朝稽古。右に変わり、もろ手突きを試す周到さだった。
最初の立ち合いで右へ変化したが不成立。「同じことはできない」と二度目は左へ跳び、動き続ける。痛む左差し手を抜き、相手を俵伝いの右突き落としで仕留めた。
2002年初場所千秋楽。千代大海との優勝決定戦を変化で制した玉ノ井親方(元大関栃東)は言う。「大一番での変化は相当な覚悟がいる。腹を決める以外にない」。そして本割の
稀勢の里を見て、「開き直って、下半身で取っていた」と決定戦での勝利を確信した。
不慣れなもろ手突きで立った決定戦。稀勢の里はもろ差しを許して後退しながら土俵際の右小手投げで逆転した。「上(半身)が駄目なら下でやろう。疲れはなく、下半身の出来がすごく良かった」と話す。大関昇進後に合気道で学んだ「上1、下9」との理論に下半身強化の重要性を再認識。四股やすり足を増やした努力が逆境で生きた。
照ノ富士は13日目に古傷の左膝痛を悪化させ、歩くのもやっとだったという。加えて、14日目に稀勢の里と当たった鶴竜が「こんなやりづらいものはない」と語ったように、目立つ大けがをした相手と取る難しさも、逆転の陰に見え隠れする。
稀勢の里の左上腕は内出血で赤黒く変色し、春巡業の休場を決断するほどの症状だ。新横綱は「自分一人の力じゃない。見えない力」と無形の力を勝因に挙げる。表彰式で君が代の大合唱の中、初優勝の先場所以上に涙を流した。(田井さん)
平成29年3月31日地元朝刊掲載