朴念仁の戯言

弁膜症を経て

ほめれば成犬も変化 名前でしからない

家族としての犬のしつけ3

今から20年ほど前、うちの動物病院にはステファンという雑種犬がいた。
子犬時代に雨に打たれて倒れているところを、小学生に抱えられてやってきた。新しい家族が見つからず、当院で生活するようになった。われ関せずの性格で、なんだか達観しているようにも見える犬だった。
前米ドッグインストラクター協会の元会長テリー・ライアン先生が来日したのは、この時期だ。先生とともに、家庭犬をほめてしつける「陽性強化法」が日本にやってきた。国内ではまだ知られていないこの方法を私は直接指導していただく幸運に恵まれた。
パートナーとして参加したステファンは7歳を超えていた。おとなしく、反抗心のない優等生だった。だが、別の視点から言えば、「無表情で人間に期待していない」という風情の犬でもあった。不足ない環境ではあったが、伴侶動物としては、何かが欠けていたのかも知れなかった。
テリー先生の教室では、犬には呼びやすい名前をつけて、名前を呼んだら良いことがあるように教え、絶対しからない。
名前を呼び、その犬の一番好きな「ごほうび」を繰り返し与える。食べ物だけではなく、「家族の笑顔」も非常に大きいなごほうびになり、モチベーションの維持につながると教わった。とても新鮮だった。
このしつけ教室に参加するようになって、徐々にステファンが変わっていった。
それまで、ステファンは人が近づいても、寝たままちらっと横目でこちらを見るだけだった。それが、私が行くと〝笑顔〟(のような表情)で頭を上げる。「今日もお出かけ?」「しつけの勉強に行く?」と、期待しているようなしぐさを見せ、待てもお座りも伏せも〝喜んで〟できるようになっていった。
子犬でなくても、成犬が十分にしつけで変われることを知った。大切なのは、犬が名前を好きになることだ。だから、絶対に名前でしからない。
名前を呼んだら、パッと目を見る。アイコンタクト、つまり目を合わせれば、集中力が生まれ、しつけや意思疎通は格段にしやすくなる。これは人間同士でも言えるのではないか。

(獣医師の柴内晶子さん)平成21年1月22日地元朝刊タイム掲載