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朴念仁の戯言

弁膜症を経て

さまざまな正月

日曜論壇

毎年お寺のお正月は、檀家(だんか)さんからの年始受けやこちらからの年始廻りで慌ただしい。こちらからお邪魔するのはお寺独特の用語で「配札(はいふだ)」というのだが、要するに元朝に祈祷(きとう)した御札(おふだ)を配り歩き、各家の一年の清安を祈るのである。
年によって、天気もさまざまだが各家の事情も一定ではない。いつもきちっと玄関まわりも片付き、松飾りの奥から和服で出てくるような家もあれば、パジャマで出てくる家もある。その違いは、それぞれの正月なのだからべつに結構なのだが、年によってはその家のいつもと違った雰囲気を感じることもある。
「お変わりないですか」と訊くと、待っていたように息子が入院した、あるいは父が寝たきりになった、といった変化を告げられ、驚くことも多い。
今年は年末に亡くなった檀家さんが二人いた。最近は、三が日が明けないうちから葬儀を行うような新聞の知らせも見かけるが、うちの寺では古式に則(のっと)り、七日まではしない。たとえ自分の家で不幸があったとしても、余所(よそ)の家の正月を壊す権利はないと考えるからである。
以前、福島市のお寺の和尚さんが元旦に亡くなったが、電話で知らせがあったのは五日だった。聞けば、親戚(しんせき)以外にはみな五日以後に知らせたとのこと。こうしたゆかしい心遣いが、最近は少なくなっているようで寂しい。
ところで年末に亡くなった二人のうち、一人は29日だったので翌日お通夜が営まれ、大晦日(おおみそか)に火葬された。今はお骨になって葬儀を待っていてくださる。しかしもう一人が亡くなったのは大晦日であったため、巨大な冷蔵庫のような霊安室に預かっていただき、冷たい体で通夜・葬儀を待っているのである。
突然の体調の変化、また救急車で運ばれて11時間後のご逝去であったから、おそらくその家では正月準備も済んでいたのではないかと思う。亡くなったのは数え62歳の奥さんで、残された旦那(だんな)さんはこれまで一緒に過ごす時間が少なかったからと、ちょうど大晦日づけで会社を辞めた矢先だった。
すでに自らの手で供えられていた餅や松飾りが、あまりにも哀しい。ひとり葬儀を待ち、奥さんのいる霊安室に通う旦那さんの寂寞(せきばく)は想像を絶する。正月は、めでたいと決まっているだけに、そのモードになれない人々にはことさら辛い。
けれども人は、生まれる状況もだが死ぬときも選べない。死は人為を超えているがゆえに、正月のめでたさは些(いささ)かも減ぜられることはない。そう考えるのが禅的な思考だと思う。
無条件で強いそんなめでたさを、またいつか心から愛でたいと思う日が、残された旦那さんに戻ることを祈る。

(僧侶・作家の玄侑宗久さん)平成21年1月11日地元朝刊掲載