朴念仁の戯言

弁膜症を経て

家族の原風景

『動物病院の四季4』ヒゲ獣医師の診療日誌

澄み渡る青空の美しい朝であった。
僕の大好きな鈴木一家が、先週出産したばかりのマルチーズのアイを連れてやって来た。
「先生、アイがだいぶ疲れている。点滴してやったらと思ってな」と父さん。
「ここんところ毎年2回の出産では、疲れるわさ」。私はあきれながらも、腹を立てていない。家族全員を点滴ルームに入れ、スタッフに血液検査と点滴の指示をする。
私にとって鈴木家の子どもたちは、日本の未来の救いのようだ。
小学校5年生の長男を頭に、昨年の春生まれた次女まで、病院へは毎回、家族総出でやってくる。
ヤツラは決して父さん、母さんの前には出ない。長男がきょうだいを統率し、長女が兄をフォローし、下の面倒をみる。
診療中、全員が診察台を取り巻くのだが、病院に付いてくる多くの子どもたちのように仕事の邪魔をしない。やたらと医療機器に触ったり、僕の大事な熱帯魚の水槽をたたいて気分をいら立たせることも無い。
今日は、血管に点滴の管を入れる間、長男がしっかりアイを抱きしめる。次男が頭を撫(な)で、声を掛けてやる。好奇心のかたまりのような三男が前に出ないよう、長女が肩を抱いている。
アイも含めた一体感がこの家族を包み、不思議な安らぎを醸し出す。今やあまり見られなくなった原風景が、この家族にはある。
下へのいたわりが自(おの)ずと上を育てる。こんな当たり前のことが、鈴木家の子犬たちをもはぐくむ。
生まれた子犬たちは両親ときょうだい犬、子どもたちと毎日遊びながら、90日令まで育てられてから、新しい飼い主のところに行く。
「できれば生後90日までは親、きょうだいから離してはだめだ」「犬だって乳児期の原体験こそ大事なんだ」。私のアドバイスを忠実に守ってくれる。
この環境の中で育てられたアイの子犬たちは皆、ヒトへの信頼感と明るさにあふれていて、人気なのだ。アイの子犬を待っている人が、まだ何人もいると聞く。だからアイはリクエストに応え、生み続ける。
(獣医師・石黒利治さん)※平成20年4月17日地元朝刊タイムより。