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朴念仁の戯言

弁膜症を経て

栴檀の大樹の下で

『水の透視画法 1』
ゆらめく善悪の影絵

にび色の午後のことだ。いつもの散歩コースをはずれて、小学校の正門にさしかかったら、いきなり高音域の声がはじけ、子どもたちがパチンコ玉みたいにばらばらと飛びだしてきた。てんでにちがう服なのに、みんながカレーのにおいを運んでいるのが、なんだかおかしい。子らは葉を落とした栴檀(せんだん)の大樹のむこうの通りにかけぬけていき、やがてにおいも失(う)せた。いや、幹のかげに男の子がまだ四人ばかり、樹皮に張りつくようにしていた。影絵に見えた。そこにだけ空気が重くわだかまっている。思わず息をのんだ。マスクをした一人の子が冷たくかたい幹にぐりぐりと額をこすりつけている。はじめはそう見えた。近づくと、後頭部にべつの少年の手が砲丸を投げるようなかっこうで押しあてられていた。額はこすりつけられていたのだった。
喉(のど)に声のかたまりを溜(た)めたまま、しかし、狼狽(ろうばい)のあまりなにも発声できずにさらに歩みよると、樹下の風景がすっと一変した。押しあてられていた手が消えた。みんなが私のほうをむき、マスクの子をのぞく全員がうすく微笑(ほほえ)み、会釈する子さえいる。雲母のような瞳のかがやきに私はひるんだ。がんぜない瞳たちは〈そう、さっきのシーンはあなたの眼(め)の錯覚ですよ〉といっているようであり、事実、私はなかばそう思いかけたほどだった。
四人は栴檀をはなれて歩きはじめた。歩きつつマスクの子は一人の少年に横腹をこづかれていた。残りの子たちはこづく手をかくしてやるように歩いている。こづいている子は、ときどき私をふりかえり、あどけない顔で笑った。笑いながら、手はしつこくおなじ動作をつづけている。追いつき注意しようとした。だが、私は右手足に障害があり、早くは歩けない。四人が遠ざかっていく。遠景の子らはやがて、まどかな絵になった。
歩調をもどし、考え考え歩く。世のなかには、大別すれば、良い人間とあまりよくない人間がいて、前者がもっと増えれば、人の世もよくなる。紀元前の昔から今日までずっとそう語られてきた。政治家にも教育者にもマスコミにも宗教者にもコミュニストにも。しかし、善と悪の質量は、その初期値と現在値でさほどのちがいがないようにもみえる。善人がかつてより増えた証拠はないし、悪党は昔だってたくさんいた。往時とことなるのは、それではなんだろうか。悪行の主がまったく悪人の顔をせず、悪の意識もべっしてもちあわせていないことではないのか。半身はなごやかに笑みをふりまき、もう半身は人を陰湿にいたぶる。それは子どもの世界の病理というより、病の自覚もなくなった社会の、むごいまでに相似的な投影画である。
おそらく善と悪の境界線は、昔日の痕跡をほんのかすかに残すのみか、あるいは完全に消失している。さもなければ、善と悪の位置はとうにそっくりいれかわっているのかもしれない。人とはもともと一身に対立する両義をそなえたものであり、社会もまたこれまでのような善悪二分法でははかりきれない。歩きながらひとりごちる。「われ、傷にして刀なり、/掌(てのひら)にして打たる頬(ほお)なり。/四肢にしてかつ拷問車、/死刑の囚徒かつ刑吏なり。/われ、わが心の吸血鬼…」(ボードレール悪の華』)
心むすぼれてマンションへもどると、エレベーターのドアが開いていて、皓々(こうこう)とした光のなかに、マスクの少年が青ざめてぼうっとつっ立っていた。知らなかったが、おなじ集合住宅の住人だったようだ。おでこが赤くなっており、疲れてよどんだ眼をどろりと宙に泳がせて、視線をあわせようとはしない。でも、おくれてくる私のために、エレベーターのボタンをずっと押しつづけていたらしい。乗りこむと、少年は請うてもいないのに私の降りる階を無言で押し、つぎに自分の降りるさらに上階のボタンを押した。彼のほうは私の障害を見知っていたのだろう。降りぎわに「ありがとう。痛くないかい」と問うた。少年はいっせつな瞳を動かしかけたが、すぐに〈いったい、なんのこと?〉という眼になって不機嫌に黙りこくり、すべてからの無関係をよそおった。
ゆくりない展開である。〝陰徳〟という死語が浮かび、その古くささに苦笑した。いまはなんというのだろう。
(作家の辺見庸さん)※平成20年3月7日地元朝刊より。