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朴念仁の戯言

弁膜症を経て

優しくなったお父さん

ブログのネタは新聞切り抜きからとしたが、ネタも何も引用そのままになってしまった。
それでもいい。
これを読み返せば当時の自分に会える。
何を欲し、何を目指していたのか。
自分を探るに良い機会だ。

タイトル「動物病院の四季」、サブタイトル「ヒゲ獣医師の診療日誌」より。

副院長の小谷獣医師が、緊張した面持ちで私を呼んでいる。
「院長! 僕が抱きかかえますので鎮静剤の注射を。レントゲン検査が必要と思います」。この患者は、鎮静剤なくしては、体温さえ測れない。
患者の名前はボス。柴犬(しばいぬ)のオス。山本家の暴れん坊として有名だ。
3歳というのにカルテはかなりの枚数だ。問題行動による事故が並ぶ。家族に置いてきぼりにされると、すぐに破壊行動に出る。ゴミ箱をあさり、残飯を食い散らかし、カーテンを引きちぎる。昨夜も同様な惨事を起こし、ボスは今朝から吐き気が止まらない。 
普段は人懐こいボスが狂犬に変わる。かくて診察室は修羅場と化し、汚物を浴びながら、小谷獣医師がヘッドロックで押さえ込む。
その間の山本一家の絶叫。
「ボス君。お願い。静かにしてぇ! お利口さんだから」
これは奥さん。
「ボス頑張れ! 後でジャーキーやるからな」
これは山本のお父さん。
「何回言ったら分かるんですか。あんたはいつも犬にお願いしている。理屈ではなく『ダメな事はダメ』と教えることがしつけなんだ」。毎回繰り返される不毛の会話。
古来、日本で飼われてきた柴犬は猟犬、番犬として改良されてきた。主人への絶対的忠誠で忠犬として各地方の寓話(ぐうわ)にも登場する。立った耳と三角の眼(め)、巻いた尾は古武士のようだ。
しかし今、柴犬が変わりつつある。優しいお父さんによって。
犬がソファの上で昼寝する。犬に気を使い、お父さんはフロアで新聞を読む。
柴犬の飼い主への忠誠心は、確たるリーダーシップに対して払われる。
彼らが安心する生活空間は、確固とした力で統率された家族の中にある。
リーダーをなくし情緒不安定になった柴犬と、自分の背中に自信をなくしたお父さん。それを私は、理屈抜きに気に入らない。
病院に付いてきた子供たちが、また顕微鏡に触っている。
子どものしつけが先ではないのか…。私は今日もいらついている。
(獣医師・石黒利治さん)
※平成20年2月21日、地元朝刊別紙タイムより。