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朴念仁の戯言

弁膜症を経て

日本の美

春彼岸前、仕事で年に一度だけ会う人がいる。

「人生七十古来稀なり」の人たち。

皆、郊外に住み、中には今では山国の地でも珍しい囲炉裏を備えた古民家に住む人もいる。

家族構成はまちまちだが、古民家に住まう男性は一人暮らし。

長年、東京で仕事をし、定年を過ぎて実家が空き家になったのを機に故郷に戻ったらしい。

古民家の通り、玄関や窓は昔ながらのガラスの引き戸に外壁は板切れ一枚。

玄関を兼ね備えた囲炉裏ある炊事場の天井は煤で黒々と覆われ、大人一抱えほどもある梁が目を引く。

朽ち欠けてしまったのか炊事場の壁板には鳩が出入りできるくらいの穴が開き、その穴から冬空を思わせる灰色の空が見えた。

男性は白髪頭に、綺麗に切り揃えられた白髭を蓄え、その顔に銀縁の眼鏡が良く似合う。

小ざっぱりした服装で玄関先に立つその姿に高齢者の緩みは見えない。

その一瞬に、独りを慎む男性の日常が容易に窺え、自然に私の背骨はすっーと伸びた。

用件を済ませ、古民家を後にして昔の街道筋の峠道に車を乗り入れた。

10分も走ると、蕎麦と清水で名の知れた集落に着く。

次の二件の訪問先はその一角にある。

一組は、親と同居する息子夫婦の家族。

毎回応対してくれるのは母親。

板敷の床に膝を揃えて座る母親の手から必要書類を受け取り、礼を言うと、母親は、「いつもいつもご丁寧に」と幼子のような微笑を浮かべ、私に頭を下げた。

次の、もう一組は夫婦二人暮らし。

銀色のトタン張りの屋根は僅かに陽の光を反射するだけで赤錆が浮き立ち、板壁は日焼けで禿げたように色を失くし、遠目には雪に埋もれた廃屋に映る家にこの夫婦は起居している。

木枠のガラス戸をガラガラと引き開け、家の内部に声を掛けた。

玄関の上がり口は農具類や米袋で占められ、大人一人通るだけの場所を残していた。

奥から応ずる声とともに腰を屈めた女性が笑顔を浮かべながら姿を見せた。

長年、土を生活の基にしていたからだろう、女性は腰を屈めたまま、私に茶を勧めた。

「次がありますから」

下手な言い草で断り、手短に挨拶を返した。

女性は上がり口に座り、「わざわざ来なくても」と顔前の埃を振り払うように右手で払った。

「また来年お伺いします」

頭を下げてそう言うと、女性も床に手を突いて頭を下げた。 

 

論語で言う知命、天から与えられた使命を知る年齢に達したものの、現実には何ら使命の一片も見えず模索の日々だが、物質界の幻想が分かり始めたここ数年、ものの観方が変わり始めた。

この日、4人の男女に会った。

古民家を守る老武者、童のような老女、トタン屋根のいぶし銀の光を思わせる老夫婦。

一期一会とともに日本人の美しさ、その一端を知ったような気がした。