朴念仁の戯言

弁膜症を経て

ボツの理由

地元紙に載らなかったのは天皇に関した内容に因るからだろう。

朝日新聞の軽率さは世間を騒がせ、新聞社への信用を失墜させたが、情報源の不確定さと社主の考えがもの言う新聞にはどれも公平さはない。

客観的立場の新聞を、読者はもう一つ上の客観心で判断する必要があるだろう。

 

地元紙は左翼思想なのか、文面を変えて二度投稿してみたが不採用だった。

その理由を新聞社にメールで問うたが、何の返答もなかった。

担当者の誠意ない対応に投稿する意欲が失せ、これを機に投稿は止めた。

 

天皇の立場は、歴史からその変容ぶりが見てとれるが、私は右左関係なく、人間的に判断して畏敬の念を覚える。

一般的に喜寿の齢ともなれば安逸に余生を過ごすのが凡夫の常。

その常識を超え、両陛下は国民のために私心なく活動されている。

平成23年3月11日(金)の大震災後の19日後から7週連続で、冬の寒さが残る中、被災県の避難所を行幸啓された。

大震災1周年追悼式には、心臓バイパス手術から僅か3週間後の容体がまだ安定しない時期に、しかも胸水排液を施さなければならない過酷な状況にありながら公務を果たされた。

大手術後、社会復帰するまでは容易でない。

開胸手術を経た私には、そのご行為が胸疼くほどの痛みとなって伝わってくる。

幾度にも及ぶ被災者慰問や除染作業の現地視察、インド公式訪問など、「体が続く限り国民のために活動する」として実践貫徹される天皇

天皇をお支えになる皇后。

両陛下のご活動の一端を垣間見て、国の平和と国民の安寧を第一に願う無私の御心が、恥ずかしながら人生折返しの岐路に立つ今頃になってようやく解せるようになった。

国民の一人として、両陛下の深甚なる御心にかたじけなく、両陛下のご壮健を心よりご祈念し申し上げます。