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朴念仁の戯言

弁膜症を経て

名前

私の総格は26。

大凶らしい。

他のブログを覗いて分かった。

 

名前で呼び合うのは人間だけ。

名前は個人として限定する。

社会性ある動物だから必要なのか。

狼や猿も社会性ある動物だが、名前はない。

名前はなくとも、習性変わることなく営々と生きる。

 

人間を基準に価値判断した、その結果が現代の姿。

皆、平和ですか。

皆、幸せですか。

 

大半の人間は、肉体という囚人服を脱ぎおろした時(一般的な死)、その本質に気付く。

偉大な先達たちはそれを様々な言葉で遺している。

今、各種の情報媒体を通して、その言葉を理解し始め、その想いが広がっていることを感じる。

ネットは新社会を生み、善悪の枠を広げていったが、同時に個々の意識の共有を齎した。

功罪、果たして今後どちらの顔が大きく現れるだろうか。

 

山々が屹立する一本一本の樹木の根によって保たれているように、人間も個別の肉体を持ちながらもその根底には共通の意識が芽生え、そして繫がり、後世を支える、そうなることを信じたい。

 

大凶、大いに結構。

束の間、姓名判断を気にした自分を笑ってやれ。