朴念仁の戯言

弁膜症を経て

大衆演劇を守り続けた堅物

◆厳格な父父清は、私が紅白歌合戦に出場した年の1983(昭和58)年6月に亡くなった。75歳だった。紅白のシーンは見せられなかったが、劇団の公演が超満員御礼になる姿は見せられたと思う。大衆演劇全盛期の昭和初期、父は剣劇の大スター市川梅三郎として全国…

幻想をかなえる仕事

セックスワーカー(オランダ)アレクサンドラ(21)がガラス戸の中で体を揺らしている。人懐(なつ)こい笑み。下着を付けただけの引き締まった肢体。道行く男たちの視線を集めて楽しんでいる。オランダは売春が合法化されている世界でも珍しい国。首都アム…

ハチに教わったこと

庭の刈り込みをしていて、知らずにアシナガバチの巣を切り落としてしまったことがある。そのときは、怒ったアシナガバチに顔を3カ所も刺され卒倒しそうになった。 ハチの毒は、ショック症状を起こしたり死に至ることもあるので、注意は必要だ。だが、芋虫を…

最も健康だった薄幸の妹を思う

きょうだい3人のうち最も健康であった妹は、隣町の女学校を卒業すると、その町の委嘱で代用教員になった。やがて正教員の資格を取り、学校の評価も良く、生徒からも慕われる存在になった。 22歳の時、望まれてある男性と結婚したが、初めての子が心臓弁膜…

乗り越えたかったのかも

脳溢血で入院中は不思議な感覚だった。 出入り自由って状態だったな。 あっちの世界に。 生と死の境 「影のない光」というものにとても興味がある時期があってね。それがちょうど脳溢血で倒れる前だったんだよ。光って、影があるじゃん。チベット仏教の「死…

人間は死んでもまた生き続ける

仕合わせ人は、一人ではしあわせになれない。お互いに仕え(つかえ)合い、支え合ったときにしあわせという状態が訪れる。「幸せ」とは本来、「仕合わせ」と書く。 自分は善人だと思っている人は救われない「善人なおもて往生をとぐ、いわんや悪人をや」親鸞…

家業のパン作り手伝いたい

◆子としての責任 左足を切断してから「幻痛」との闘いが始まった。人は手足を急に失うと今まであった手足の幻覚に見舞われる。ないはずの手や足にかゆみを感じたり、痛みを感じたりするのだ。 先生に訊くと放っておけばいつの間にか消えるというのだが、待ち…

支えてくれた左足切断

◆新たな試練 1979(昭和54)年7月25日。23歳の誕生日。自宅に友人、知人、レストラン従業員を招いて誕生会を開き、みんなの前でゆっくり歩いて見せた。閉店後の秘密の特訓は、コックしか知らなかったので、その時のみんなの呆気にとられた顔は忘れられない。…

天国の父と話す孫うらやましい

娘が2人目の子を身ごもった時、父はすごく喜んで男の子を望んでいた。 娘の出産を楽しみにしていたのに、父はその誕生を見ることなく逝ってしまった。孫が生まれ、しばらくたって不思議なことが起こった。当時、1歳3ヵ月だった上の子が突然、部屋の隅を指差…

マイ・ハシしてますか

夕顔咲くうどん屋で 暮れ残る店先の夕顔を横目にうどん屋に入ったら、八割がた埋まっていた店内の空気がほぐれずに何だかとげとげしていた。訳も分からずテレビの前のカウンターに座り、冷やしたぬきうどんを注文する。店員はこわばった顔に苦笑いを浮べてい…

自国の食文化 大切に継承

◆外国の若者から学ぶ ある日、何となくテレビを見ていたら、イベント会場で、若い女性に料理をしてもらうコーナーが流れ出た。びっくり仰天、あきれて言葉が出なかった。 生のアジの名前を聞かれて「サンマ~?」「イワシ~?」だ。そして、ヒントでアジの開…

幸せ望み 別れ告げる

かなわぬ恋(ベトナム) 雨が菩提樹の葉を打つなか、彼は傘もささずに一人ベンチに座っていた。「男の人にしては細い肩」にバンは近寄って傘を差し出した。「ありがとう。でも、いいよ」。優しい目。どこか寂しげにも見えた。「特別な何かを持った人と思った…

粗衣粗食の日本人 支える

◆梅干しは万能薬 「白地に赤く 日の丸染めて」とくれば「ああ うつくしい 日本の旗は」と続くのが唱歌「日の丸の旗」だが、私はどうしても「ああ おいしいな 日本の弁当は」と歌いたくなってしまう。 街で日の丸を目にすると、私は反射的に四角い弁当箱に詰…

1が並ぶ「レピュニット数」

算数のこころ ?はどうなる? 1×1=1 11×11=121 111×111=12321 1111×1111=1234321 11111×11111= ? 53×11=5▢3=583 76×11=7▢6= ? 1、11、111のように1が並ぶ自然数を「レピュニット数…

心を動かされた辻井さんの一言

盲目のピア二スト辻井さんが国際大会でチャンピオンに輝き、凱旋帰国した。 マスコミからの取材で「夢はかなったと思いますが、ほかに何か、かなえてもらえるなら」の質問に「一度でいいから、一瞬でいいから、母の顔が見たい」と答えていた。 この言葉に感…

足のマッサージが効果的

◆私の健康法 人間は誰でも年を取るもの。体は確かに年とともに衰えていくが、年を取ったら取ったで、謙虚に受け入れた方がいい。齢(よわい)を重ねることは、恥ずべきことではない。若く見られたいという気持ちは分かるが、見た目ではなく、真の健康が一番…

地方独特の山の料理が好き

◆山の食卓 地方の里山を歩くと、私を知っている登山者から「こんな低い山も歩くんですね」と言われることが多いが、私の好きな道は、何といっても山の中の自然道なのだ。そして、その地方独特の山ならではの料理がたまらなく好きだ。 友人に誘われて会津駒ヶ…

一瞬の出会い

昼休みの束の間、パソコンを通してイヤホンから流れるピアノのメロディーを子守唄に、椅子の背もたれに身を預けて瞼を閉じようとした時、視界に人影が入った。 顔を起こすと、白髪で短髪頭の、60過ぎの男の姿が目に入った。 イヤホンを耳から外し、すぐに立…

根無し草

20代から40代までは地に足着かぬ生き方だった。 今50代になって昔を振り返ると、ようやく大地に足が着き始めた、そんな風に思える。 植物は、母なる大地があって根を伸ばし、父なる太陽があって茎、葉、枝を伸ばす。 根無し草の私は、大地なる母、太陽なる母…

デジタルの阿弥陀クジ

聞こえづらい〝人の声〟 最近はテレビもデジタル化され、生活のすべてがデジタル化される時代がやってきつつあるが、ご承知のようにデジタルとは音も映像も「1」と「0」の記号の組み合わせで出来た疑似自然であり〝生(なま)〟の情報ではない。 そういっ…

本当に汚いものは何?

オーガニックガーデンのすすめ 16 人間は自然の恵みで生かされている。では、人間が自然にお返しできることって、何だろう。 それに答えてくれるのが、写真家で「糞土(ふんど)研究会」の代表、伊沢正名さん。伊沢さんは「人間ができるお返しは、うんこをす…

世界の先住民族の叡智を見習う⑤

韓国の初代文化大臣を勤めたイ・オリョン氏は、日本文化は、物事を小さくして、豊かな生活ができる仕組みを作り出した世界でも珍しい文化だと述べています。私は二年前、千玄室氏にお目にかかり、「茶道とは何ですか」と率直にお聞きしましたら、「一杯の抹…

世界の先住民族の叡智を見習う④

最後に、アメリカインディアンですが、150以上の部族があるといわれており、彼らにも他の先住民族同様、土地を所有するという概念がありません。アメリカ西海岸に住んでいたある部族が、移住してきた人々に土地を譲るように言われたとき、酋長は全く理解でき…

世界の先住民族の叡智を見習う③

次には、スカンディナビア半島北部の北極圏に広がるラップランドに住むサーミ族ですが、祖先は1万年くらい前に南からトナカイを追って来たといわれております。彼らは、トナカイの移動と共に一緒に遊牧していましたが、現在では定住し、遊牧している人々はい…

世界の先住民族の叡智を見習う②

最初に、ニュージーランドに住むマオリ族ですが、1000年程前に、太平洋のどこからか渡ってきた民族といわれています。18世紀にイギリス人がニュージーランドに到来し、かなり迫害されましたが、最近は力を取り戻しつつ、神から与えられた土地を守り、神々の…

がん闘病 走る喜び変化

膝の痛みも「うれしい」 プロランニングコーチ 金 哲彦(きん てつひこ)さん マラソン選手として現役時代に2時間11分台の記録を持つプロランニングコーチの金哲彦さん(53)には、生涯忘れられないレースがある。2007年7月、オーストラリアのゴールドコース…

世界の先住民族の叡智を見習う①

東京大学名誉教授 月尾 嘉男さん 地球の環境問題は憂慮すべき状態になっております。その原因は三つあると思われます。一つは、ある特定の信条を信じるかどうかで人間を判断し、世界を征服してきた「一神教」という宗教です。二つ目は、17世紀以来、「西洋科…

善人なおもて往生す、いわんや悪人をや

母が鼠径ヘルニアの手術で入院した。 手術日は5月16日だった。 妹は前日から母に付きっきりで、朝は病院で朝食が出る前から病室に出張り、夜は母が夕食を食べ終わるのを見届けてから家路に着いた。 その間、細やかな配慮は休むことがない。 妹のその姿から献…

南極と犬

歩み来て、未来へ 12 観測に貢献、危険察知 10㍍先に2匹の犬がいた。毛が伸び、子グマのように丸くなっているが、確かに置き去りにした犬だった。近寄って来ない。こちらも足を踏み出せなかった。 1956年の第一次南極地域観測隊で犬ぞり係だった九州大名誉教…

とてつもない巨人、利休

直木賞に決まって 山本 兼一 このたび、「利休にたずねよ」という作品で、第140回の直木賞をいただくことに決まった。まことに光栄なことだと感謝している。 歴史小説を書くにあたって、わたしは、できるだけ綿密な取材をすることを信条としてきた。 松本清…